珈琲プリンスと苦い恋の始まり
『White moon』を一旦通り過ぎ、20メートルくらい先にあるパーキングエリアに車を止める。

そこから少しだけ歩いて戻り、店とは反対側の車道の路肩から家屋を見遣った。


以前はこの場所からあの家が見えることはなかった。
庭先に植えてあった桜の木が枝葉を伸ばし、家屋を隠すように生い茂ってたからだ。


私は家の瓦を見つめながら思い出してた。
小学生の頃、一人でこの家に訪れたことがあったのを__。

__________________



あの日は既に夕暮れ時だった。
家の軒先から顔を覗かすと、電話をしている祖母が私に気づき、大きく目を見張った。


「来たよ!もう大丈夫だから安心していいよ」


今夜はうちに泊めるから…と話し、早々に電話を切る。
慌てて玄関先まで走って来て、「よく来れたね」と迎え入れてくれた。


「電車に乗ったの?」


祖母は私の前に膝を折って訊ね、うん…と頷くとホッとした顔で。


「そうかい。偉いね、一人で此処まで来て」


お入り…と言いながら肩に手を回し、ゆっくりと足を前に進ませた。

< 91 / 279 >

この作品をシェア

pagetop