珈琲プリンスと苦い恋の始まり
敷居を跨ぐと、「お腹空いてない?」と言いながら、作りたてと思われる食事を食卓の上に乗せ、「食べようね」と笑ってくれた。


箸を手にとった瞬間、表から祖父の声がした。
私が来たことを祖母が伝えると、驚いた様子で家の中に飛び込んできた。


「怪我とかしてないか?」


父に似た祖父の声を聞いたら泣き出してしまい、私は二人に包まれるようにして涙をこぼした。


それからずっと、その家で祖父母と暮らした。
二人も私に、帰りなさい…とは言わなかった_____。


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幼い日を回想してると、いつの間にか視界がボヤけて霞んでる。

私があの家で過ごした日々はもう遠い過去のことで、今はもう中に入ることさえも躊躇うように変わったんだ。


それでも、あの場所に桜の木があることが幸せだった。
祖父母と一緒に花を眺めて、生きてることは素敵だと思えた。


あれを見てると自分の名前が誇らしく感じた。
名付けてくれた父にも常に感謝する気持ちが持てた。


だけど、今は__……



(やっぱり烏滸がましいよ……お父さん……)


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