珈琲プリンスと苦い恋の始まり
脳裏に浮かぶ笑顔を思い出して涙が溢れる。

私が覚えてるのは父や祖父母の笑顔だけで、それが返って哀しくて堪らなくなるんだ。


スン…と鼻を吸って帰らなくちゃくな…とは考える。

けれど、足の先は踵を返そうとはしないで、目はずっと赤茶色の屋根ばかりを見つめていた。


彼が敷地の坂道を下りてくるのに気づいたのは、目をゴシゴシと擦った後だ。

マズいと思って逃げようと背を向けたが、道路を渡ろうにも、こういう時に限って次から次へと車が走る。


(どうか彼に私の存在を気付かれませんように)


そう思うけど道路の端に佇むのは私一人。後は田畑しかない田舎道で、それはとても際立ってたらしくて__。



「……あっ、おーい!」


坂道を下りてきた彼が、大きな声を出す。
それはどう聞いても私に向いて叫んでるみたいで、こっちはヤバい…とばかりに焦った。


とにかく無視をして逃げようとしたのに、在ろう事か彼が私の方へと走ってくる足音がして。

振り向くと背の高い彼が走ってくる姿は嫌でも目立って見え、知らん顔して逃げるのも難しく感じた。


 
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