珈琲プリンスと苦い恋の始まり
柄が長いから坂道が登りづらいんだと笑う彼は、明日が定休日だから幟を回収したと説明した。


「幟を立ててると店が開店してると思われるだろ」


束ねた幟を持って店の中に入り、それを壁に立て掛けると私の方へと振り向いた。


「入れよ。手伝ってくれたお礼に一杯奢るから」


こっちが「いいです…」と遠慮する前から厨房に入り、さっさと手を洗ってお湯を沸かし始める。

私は軒先からその様子を眺め、初めて一人でこの家を訪れた時と同じ様な気持ちを感じた。


「何してるんだよ。遠慮するなって」


馴れ馴れしい口調で再度入るように勧める。
それを断る気にもならず、厳かな気分でスッと前に足を出した。

中に入ると、スン…と香る珈琲を吸い込み、あの頃とは違いうんだ…と実感する。



この家にはもう祖父母は住んでない。
私が住んでた頃とは内装も全く違う。


気落ちするものを感じて涙ぐみそうになる。
せめて二階の部分だけは、あの頃とは変わらないでいて欲しいけど。


ぼんやりと椅子にも座らず二階を眺めてたからなのか、珈琲豆を挽いた彼が私に声をかけてきた。


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