珈琲プリンスと苦い恋の始まり
「……もしもし。何？」


通話ボタンを押すと冷めた声を発する。
それを聞いた彼がひゅっと息を吸うのが聞こえ、それを背中で感じ取りながら、私は電話の向こう側から聞こえる母の声に集中した。


「何…って、今日は早く帰れるんじゃなかったの？
もうそろそろお父さんも帰ってくるし、今夜は皆で食事をしようと言ってたでしょ」


今どこら辺なの？と聞いてくる声が煩い。
私は答える気もないけど無視することも出来ず、後三十分くらいもすれば帰れるから、と答えた。


「早く帰ってよ。知ってると思うけど、今日はお父さんの誕生日だからね」


「分かってるよ。ちゃんとケーキ屋さんで予約してるケーキも貰って帰るから！」


少し大きめな声を出し、乱暴に通話ボタンをオフにする。
電源を切ってディスプレーを暗くすると、大きく息を吐き出した。

今日は私にとって嬉しくも何ともない日だが、母にとっては特別で大切な一日だ。



「今の電話は誰？お母さん？」


背後から声がして、ビクッと背中を仰け反る。
振り返ると彼が不思議そうな目をしていて、私は「そう」と言葉を返した。


< 99 / 279 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop