その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ

電車に揺られ、数駅。あと一駅で、私の降りる駅だ。
課長はまだ一緒にいる。ということは、更に先の駅に住んでいるのかな。


「私、次の駅で降りるんです。お先に失礼しますね」

電車が停止する少し前に、課長にそう挨拶する。
すると「ん? この駅? じゃあ俺も降りる」と言ってきたのだから驚きだ。


もしかして、もしかしなくても、夜遅いからということで送って行こうとしてくれているのだろう。
でも……


「あの、駅から家までそんなに遠くないので大丈夫です」


本当は、家まで二十分は歩かないといけないし、その間電灯も少ないから、一緒に来てもらえたら凄く助かるけれど……上司にそこまでしてもらう訳にはいかない。しかも、酔っ払って歩けなったところを付き添ってもらうという迷惑を既に掛けているのに。
それに何より、次の駅で一緒に降りてしまったら、もう電車は来ないのだ。課長は帰れなくなってしまう。


だけど課長は……。


「気にするな。この電車に乗り続けたところで家に着く訳じゃないんだし」


……ん?



「この電車、帰る方面じゃないんですか?」

「ああ、違う」

「課長も河野さん達と同じ方面だったんですか⁉︎ どうして皆と一緒に帰らなかったんですか⁉︎」

「どうしてって、お前が具合悪そうにしてたから。一人放っておけないだろ」


え……。

本当に具合が悪くなってからは誰にも悟られないように気を付けていたはずなのに、課長は気付いてくれていたってこと……?
もしかしたら具合が悪いことは他の人達にもバレバレだったのかとも思ったけれど、河野さんが何も言ってこなかったし、私の体調不良を見抜いたのは恐らく課長だけだ。
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