その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
ドキドキしたらいけないのに
翌朝、交代でシャワーを浴び、簡単に朝食を済ます。
朝食と言っても、私はいつも朝はバナナしか食べないため、冷蔵庫にはろくな材料がなかった。
だけど課長も、朝はコーヒーのみ派らしく、助かった。冷蔵庫の中身は盗み見られたため、普段あまり料理をしないことはバレてしまったかもしれないけれど……。


「はー、仕事休みてぇ」

背伸びをしながら欠伸をした後、課長が言ったその言葉には私も同感。昨日の飲み会が金曜日だったら良かったのに。

今日頑張れば明日はお休みですよ、と言ってから、一緒に玄関へ向かう。


「では、行ってらっしゃい」

靴を履き終えた課長の後ろ姿にそう告げると、彼は「は?」と不思議そうな顔をして振り向く。


「行ってらっしゃいって何だ。君は仕事に行かない気か?」

「行くに決まってるじゃないですか。でも、一緒に出勤したら確実に怪しまれるでしょ」

昨夜、私の家に彼を泊めたのは、彼が私を介抱してくれていたために終電に乗れなかったことへのお詫びとお礼であり、それ以上の事情は一切ない。
事実、何もなかった訳だし、私たちの間にやましいことは全然ない。
ただ、周囲が事実通りに受け取ってくれるかはわからない。寧ろ、そうは受け取らない人の方が多いだろう。
そんな誤解、まっぴらだ。


課長だって、私と噂になっても困るだけのはず。
それなのに……


「バカ。遅刻したらどうすんだ」

そう言って、私の腕をグイと引っ張る。バランスを崩し、思わず彼の胸元に顔を埋める格好になってしまう。
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