その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
「えー? だってこの間社員食堂で、幹本さんが〝武宮課長のこと気になってる〟って言ってたんですよー」


……信じられない。あの時の相談内容をこんな風に皆の前でバラすなんて。


そう言えば、島月さんは酒癖が悪いって事務課の子から聞いたことがある。
普段は良い子だし、きっと悪気はないんだろうけど、これは酷過ぎる。


多分、〝え、何のこと?〟って上手くかわせば、誰も彼女の発言を鵜呑みにはしなかったと思う。


でも、突然のことに頭が上手く回らない。何より、課長にちらっと視線を向けると、彼がきょとんとした顔で私を見ていることが耐え切れない程に恥ずかしく、


「やめてよっ!」


と、大きな声を部屋中に響き渡らせてしまった。


しん……と、部屋の中は完全に音を失う。
島月さんも、きょとんとした顔で私を見つめる。


最悪だ。これじゃあ皆の前で、私は武宮課長が好きって宣言したのと同義もしれない。

今度はもう、課長の顔を窺い見ることも出来ず、私はひたすら下を向いて課長と目を合わせないようにする。


ちょうど店員さんが、追加注文していた飲み物を持ってきたので、それをきっかけに場の空気はいくらか明るさを取り戻した。


私は、頼んでいた生ビールを一気飲みすると、タッチパネルでもう一杯注文した。


「幹本、お前そんなに強くないのにそんなにペースで飲んで大丈夫か?」

正面に座る河野さんがそう尋ねてくれるけれど「大丈夫です」とだけ答えた。こんな飲み会、飲まなきゃやってられない……。
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