その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
銀行員という職業柄、社内恋愛は禁止という訳ではないけれど堂々と公表することでもない。
なので、相田君の申し出を受け入れたといっても、そのことは誰にも言わずに、二人だけの秘密ということを決めた。
ただ一つだけ、相田君は私のことを〝幹本さん〟ではなく〝由梨さん〟と呼ぶようになった。
職場で恋人らしいことが何も出来ないので、せめてもの名前呼びらしい。
誰に対しても人懐っこい彼なので、このことに対して違和感をおぼてる人はいないようだ。
……と、思っていたのだけれど。
ある日、誰もいないと書庫室で、必要なファイルを探していた時だった。
「ちょっといいか?」
そう言って、私の後に続いて書庫室に入ってきたのは課長だった。
「……何ですか?」
なるべく平静を装って返事をする。
課長とは、あの飲み会の帰り道以来、こうして二人きりで話すのは初めてだ。
私と課長は、ただの上司と部下。特別な関係なんかじゃない。自分にそう言い聞かせながら彼と会話する。
もういっそ、彼のことが好きだったという事実さえも自分の中から消してしまおうかと思うくらいだ。
そんな私に、課長はゆっくりと口を開く。
「相田と付き合ってるのか?」
予想していなかった言葉に思わず、逸らしていた目を彼に向けた。
驚く程に真っ直ぐ、彼は私のことを見つめていた。
……彼からの質問にきっと深い意味なんてないのに、その熱い瞳につい胸が高鳴ってしまった。