その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ

私が家に着いてから、三十分後。

玄関のインターホンが鳴って、私は慌ててドアを開けた。
そこには期待通り課長がいてーー彼はちょっとだけムスッとした顔をしていた。この表情の理由は、私が急に会いたいだなんて言い出したからだと思ったのだけれど、


「不用心だな。ドア越しに来訪者が誰なのかをきちんと確認してから出ろよ」


ということらしい。


それにしても……



「何で来てくれたんですか?」


私がそう尋ねると、彼は眉間に深い皺を刻みながら私の頬をつねった。


「い、いひゃいです」

「そうか、痛いか。だったら、迂闊にとぼけたことを言うもんじゃないな? 君が会いたいと言うから来たんだろうが」


それは、そうなんだけど。

でも、こんなにあっさり本当に来てもらえるとは思っていなかったんだもの。

だって私は、会いたい時に会いに来てもらえるような存在じゃないから。

課長にとって、ただの部下の一人のはずだから。


そう考えたら、今ここに課長がいてくれているのは奇跡のようなものなんじゃないかって考えてしまう。


奇跡は何度も起こらない。

それなら、ここではっきり伝えなければ、次のチャンスなんてないかもしれない。


課長の手が私の頬から離れると、私は彼を見つめて、言った。


「好き、です」
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