惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
シスコン包囲網
私、田宮香奈(たみや かな)の朝は、ピピピピという電子音から始まる。
ベッドの中でしばらくもぞもぞと身体を動かすこと数分。目覚めることに抵抗してから軽く伸びをして枕元に置いていたスマホを手に取った。
こすった目をこじ開ける。
「おはようございます」
タッチスクリーンに向かって、朝の挨拶をするのは私の日課。
そこには、アーモンド型の綺麗な目に羨ましいほどに通った鼻筋、自然と口角の上がった唇の甘いマスクの男の人がいる。こっそり隠し撮りをしたせいでピントはちょっとずれているけれど、私の憧れの人に変わりはない。
写真だから変化は皆無。それでも毎朝“今日も素敵だな”と思わずにはいられない。
その人の名は、工藤陽介(くどう ようすけ)、三十二歳。
私が勤める【グランツ開発】の副社長の彼は社内の女子社員たちの人気を独占している、私にとっては高嶺の花。絶対に手の届かない存在。
それでも、こうして写真に『おはよう』と語りかけるだけで幸せな気分になれる。同じ会社でその姿を見られるだけで十分だった。
もう一度伸びをしながら窓を大きく開け放ち、ゴールテープをとっくに切った夏のうしろ姿を見ながら深呼吸をした。
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