惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
◇◇◇
その夜、私は久しぶりに自分のマンションへ帰ってきた。今朝までは怪我を理由にして陽介さんのマンションに居座れたけれど、治った以上そこへ帰るわけにはいかない。
空き巣が入って以来の部屋は、大慌てで片付けた状態のままになっていた。テーブルにカバンを置き、ぼんやりと部屋を眺める。
私の時間が、あの夜へと一気に巻き戻されていく。
たったの一ヶ月。それだけの時間だから、きっと簡単に忘れられる。陽介さんと付き合えたのは私にとって奇跡と同じ。もとに戻るだけのこと。なんてことはない。大丈夫。
自分の心に折り合いをつけていると、ドアフォンが鳴り響いた。
もしかしたら陽介さん!?
急いで親機の応答ボタンを押すと――。
『香奈、帰っていたのか?』
兄の声だった。
やだな、私ってば。陽介さんのわけがないのに。
軽井沢の事故に掛かりきりで、ほかのことに構っている時間はない。もしもそんな時間があったとしても、私が陽介さんのマンションに帰ってこないからといって探すはずもないのに。