惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
無言で受話器を戻し、玄関を開ける。
「マンションに入ろうとしたところで、香奈の部屋に電気が点いているのが見えたから急いで来たんだ。荷物でも取りに……どうかしたのか?」
うつむいたままの私の顔を兄が覗き込む。
力なく首を横に振ることしかできない。
「なんだよ、なにかあったのか? ……手、ギプス外れたんだな」
そう言いながら兄は私をダイニングチェアに座らせ、その場に跪いた。
「香奈?」
穏やかな声で名前を呼ばれ、そこで初めて顔を上げる。優しい目を見て、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「お、おいっ、香奈!? どうしたんだよ!? なんで泣くんだ!? ……まさか、あの男になにかされたんじゃないのか!? そうなんだな?」
違う。そうじゃない。
懸命に首を横に振る。
兄はオロオロしながらテーブルにあったティッシュペーパーで私の涙を拭ってくれた。