惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
私がはっきりと“さよなら”と書かなかったから、それを確かめにきただけのことだろう。
「……あの、腕は治ったんです。だから、もう……」
別れの言葉を言おうとした唇が震える。諦めたはずの恋心が胸の中で暴れて苦しい。
『だからもう、なんだって言うんだ。香奈、話がしたい』
切羽詰まったような声が胸をつく。
『とにかく開けてくれ。開けないと言うなら、開けてくれるまでずっとここで待つ』
モニター越しに強く見つめられ、そこから目を逸らせなくなった。
開けるまでずっと待つなんて……。何日間も軽井沢で事故処理にあたっていて疲れているはずなのに。
マンションのエントランスでずっと待たせるような酷なことは……できない。
オートロックを解除すると、一分と経たないうちにもう一度ドアフォンが鳴った。
笑顔で会おう。
揺れる心に喝を入れてドアをそっと開ける。