惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~

「俺はふりをしたつもりはない。演技はできないと言ったはずだ」


いつになく低いトーンの声が私の鼓動をゆっくりと着実に速めていく。
確かに陽介さんがそう言っていたのは覚えている。


「でもそれは、この怪我が治るまでで……」


どっちにしろ期限付きに変わりはない。


「怪我が治るまで? そんな条件も飲んだつもりもない」
「えっ……?」


それはどういうこと? 私たちは、怪我が治るまでの関係じゃなかったの?

目を見開いて陽介さんを見つめる。
恋人の振りでもなくて、期限付きでもない。それじゃ……。

あるひとつの可能性が頭の中にチラついて、胸が急速に高鳴る。


「香奈、俺は――」
「香奈!」


陽介さんがなにかを言いかけたところで、兄のひときわ大きな声が私たちを包んでいた緊張感を否応なしに蹴散らした。

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