惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
「……田宮さん?」
そう声を掛けてきたのは、スマホに向かって朝から挨拶をしていた私の憧れの人、工藤副社長だった。扉を閉めたのは彼のようだ。
私を見て、副社長の色素の薄い瞳が一瞬揺れる。
三十二歳にして副社長の肩書きをもつエリート中のエリート。数年前まで一流ホテルに勤めていた副社長は、彼の母方の遠縁にあたるグランツの糸川社長の強い希望で転職してきた。
当時の経営状況は右肩下がり。それを回復すべく、副社長就任直後から抜本的な経営の改革に乗り出した。
それまで公園の整備や商業ビルの開発を主に事業の柱としてきたグランツに、ホテルでの勤務経験を生かしてリゾート開発という新たな事業を加え、それが成功の鍵となった。アクションプランと必達目標を掲げ、週次・月次の進捗確認会議を開催し、自ら厳しく状況を管理。ビジョンを全社員へ浸透させることを徹底した。
柔らかい印象の見た目のとおり人柄も優しく、誰に対しても分け隔てなく接する。副社長という地位を鼻に掛けることもなければ、傲慢さもない。
つまり容姿にも性格にも恵まれた凄腕副社長なのだ。ここ数年は仕事に打ち込んでいて恋人もいないらしく、グランツの女子社員全員がハートマークを飛ばして憧れる、まさに王子様と呼べる存在だ。