惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
十月初旬の朝の空気がとても気持ちいい。
そうして三回目に息を吸い込んだタイミングで部屋のドアフォンが鳴り響き、深呼吸が中途半端に終わる。
まさか……?
たちまち嫌な予感が胸をかすめる。
でも今日はさすがにここには来られないでしょう?
首を捻りながら窓を閉め、ドアフォンの親機にたどり着く前にもう一度音が鳴る。私がまだ眠っていると予想して起こしてあげようという親切心か、それとも単なるせっかちなのか。
画面に映るのは、まさかと思った相手だった。
絶句しつつ通話ボタンを押すと、『おはよう、香奈』と爽やかな笑顔付きの挨拶。私の兄、隆一(りゅういち)だった。
まだ七時前だというのにスーツをバッチリと着込み、ジャケットの襟元には金バッチが光り輝いている。
「……お兄ちゃん、こんなところに来ていて平気なの?」
『香奈の部屋は“こんなところ”なんかじゃないぞ。早く開けてくれないか? 香奈のために作ったホットサンドが冷めてしまうからね』
ホットサンド? そんなことをしている場合じゃないはずなのに。