惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
◇◇◇
「その手、どうしたの!?」
同期の伊藤琴子(いとう ことこ)に驚かれたのは、その日のお昼のことだった。
社員食堂のないグランツの社員は、正午になるとランチを求めてビルから一斉に出て行く。外食をするか、持参したお弁当を休憩室で食べるかのどちらかになるのが、ランチタイムの光景。
ふたりでよく行くカフェレストラン【SHINY】へ行く約束をしていた琴子とビルのエントランスで落ち合うと、彼女は痛みを堪えるように顔を歪ませた。
父方の祖父がトルコ人の琴子はその血を強く受け継いでいて、彫りが深くエキゾチックな美人。身体のラインも、羨ましいくらいの凹凸具合。はきはきとしていて気持ちがよく、しっかりと自己主張もできる。
「今日、ドアで挟んじゃって……」
「え? ドアで? まさか指を切断、なんてことはないよね?」
私の声が重々しいせいか、琴子の瞳が恐怖に揺れる。
「大丈夫。指ならここにちゃんとあるから。でも骨にヒビが入っちゃって」
「ヒビかぁ。それくらいで済んでよかったと思うべきなのかな。でも、香奈の作るスイーツをしばらく食べられないと思うと残念」