惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
不意打ちのキスに揺れる心
それから二日後。いよいよ、兄に副社長を彼氏として紹介する日はやってきた。
どんな格好をしたらいいだろうと鏡の前で散々迷った挙句、ネイビーの落ち着いたツイードワンピにワインカラーのバッグでエレガントに決めた。
私の怪我を知った兄は予想通りに『俺の大事な香奈の左手が……!』と大騒ぎ。さらには私の世話のいっさいを引き受ける気満々で部屋に乗り込んできたものの、『彼に面倒を見てもらうから』という私のひと言で、打ちひしがれたように自分の部屋へ帰っていった。
これが学生のときだったら、『親のお金で勉強をしているうちはダメだ』と一蹴されただろう。
怪我をしてから二日が経った私の手は、あの日からほぼ変わらない状態。
それもそのはず。ギプスでガッチリと固定されていて、中の様子を見ることができない。処方された薬のおかげで痛みを感じることもなくなったから、ただ単に左手の自由を奪われたのと同じだった。
副社長との待ち合わせ場所は、私の住むマンションの最寄り駅。車で迎えに来てくれるという。
十月も中旬の空は、薄いブルーが目に眩しい。時折感じる夏の名残の風は、すぐにも秋の清々しいそれに吹き払われてしまいそう。
時刻はまもなく午後一時。副社長は、まだ到着していない。