惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
驚いた反動で引き抜こうとすると、「恋人同士なら、手はつなぐだろう?」と爽やかな笑みが返され、それは私たちの間に収まった。
私の心臓は、いったいいつまで持ちこたえられるだろう。もしかしたら、帰り着く頃には力尽きているかもしれない。
そんな嬉しい不安を抱えながら地上三十メートルまで一気に上がり、エレベーターから降り立つと、そこには別世界が広がっていた。
リゾート地を思わせるラグーンや花に彩られたテラス席には日差しが燦々と降り注ぎ、優雅で贅沢な気分に浸れる。最近では雑誌やSNSでも盛んに紹介されているカフェだ。
店員に待ち合わせだと伝えると、すでに兄は着いているとのことだった。
一歩足を進めるごとに緊張が押し寄せてくる。兄の前できちんと恋人として振る舞えるか不安で仕方がない。なんせ付け焼刃。演技ができないからと言って副社長は本気で付き合おうと言ってくれたけれど、“恋人のふり”が前提であることに間違いはない。
「こちらです」
店員に手で指し示されたタイミングで、副社長がギュッと私の手を握る。“がんばろう”と言われた気がした。
「お兄ちゃん、お待たせ」