惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
私たちが兄の前に並んで立つと、兄は「お、おう」と詰まりながら返事をして、私から副社長へと視線を泳がせる。それも、ほんの一瞬だけ。まるで見てはいけないものを見るような感じだ。
「こちらが私の彼、工藤陽介さん」
「初めまして、工藤陽介と申します」
すっと伸びた背筋で彼が頭を下げる。さすがは副社長。身のこなしがとても美しい。
「か、か、香奈の兄です」
副社長とは対照的にしきりに動揺する。兄は声を裏返らせながら挨拶を返し、「ど、どうぞ」と前の席に座るよう促した。いつも堂々としている兄の変貌ぶりに私まで戸惑う。
私たちの到着を待ってコーヒーを注文した兄は、いつもはブラックなのにスティックシュガーを二本も投入。さらにミルクまで入れたカップを口に運び、「甘っ!」と言って目を丸くする。副社長をチラ見して、慌てて澄ました様子を取り繕った。
「それで、香奈とはいつからなんですか?」
「ここ最近のことで、日は浅いのですが」
まだ三日だ。
「それほど親密ではないということか」