惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
三人揃ってエレベーターで地上に戻り、タワーの前で二対一に分かれる。
私の手をしっかりと取り恋人らしさをアピールする副社長は、本当に抜け目がない。兄に恋人として会ってほしいとお願いしたのは自分のくせに、戸惑っているのは私ばかり。
「香奈のことはくれぐれも大事にするように。泣かせるようなことがあれば――」
「そのようなことにはなりませんので、ご安心ください」
兄の言葉を遮り、副社長が丁寧に頭を下げる。
兄は短く息を吐き「わかったよ」と彼に言ってから、穏やかな笑顔を私に向けた。
「香奈、彼はこう言っているが、なにかあったらお兄ちゃんに言うんだぞ?」
「うん、わかった。忙しいのに今日は時間を取ってくれてありがとう」
スーツの襟元に輝く金バッジを付けているところを見ると、これからクライアントと会うのだろう。
私のことを心から思ってくれている兄を騙したことが、今になって心苦しい。これでよかったのかなという不安がないわけでもない。
兄のうしろ姿が人混みに飲まれたのを見届け、握られていた手を離す。