生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

11、ユノがセリウスについて思うこと

 冷えたスープ、冷えたパン。それでもありがたかった。朝食べたきりで、ユノのお腹は痛いくらいに空いていたから。

 少しぱさぱさのパンをスープで飲み下しながら思う。
 お腹が空いたと言っただけで食事を与えてもらえるとは思わなかった。
 しかもこの食事、奴隷に与えるには上等すぎる。衾(ふすま)があまり入っていない白いパンに、肉の入った野菜スープ。冷めていても、普段食べていたものよりずっと美味しかった。

 あの人……。
 心の中で呟く。セリウスと言ったか。貴族だと思うのに何だか貴族らしくなかった。
 奴隷をかばうし、奴隷に話し掛けるし、奴隷の心配をするし。
 貴族なら奴隷が殴られていたって気にしないものだし、命じることはあっても奴隷の気持ちを問うことはまずない。

 ユノがうずくまったとき、セリウスは焦った声をあげた。驚いたということもあるだろうけど、食事を用意してくれたということはユノを労わってくれているのだろう。

 奴隷のユノを人として扱ってくれた。人に対するのと同じように接してくれた。
 おかしな人だと思うと、自然口の端から笑いがこぼれる。

 しかしその笑みはすぐに消えた。
 ──怖くはないのか?
 生贄──殺されると聞いて、怖くないわけがない。
 命乞いしたって逃げたってどうせ殺されるに決まってる。
 だから極力そのことを頭から追い出し、怖さから目を逸らしてる。

 でもあのときは。
 思い出して身震いした。月光を反射した大剣が振り下ろされる瞬間、恐怖で意識を失いかけた。
 セリウスという人がかばってくれなかったら、ユノはとっくに死んでただろう。
 振り下ろされる大剣の前に出てくるなんて。大けがか、最悪死んだかもしれないのに、あの人にはどれほど危険なのかわかっていなかったのだろうか。それとも、自分の命を懸けてもユノを守ろうとしてくれたのか。

 ……そういえば、あの人綺麗な顔してたな。美男神みたいに。
 そんな人に命がけで守ってもらったかもしれないと思うと、なんだかどぎまぎしてくる。

 何考えてるの! 生きるか死ぬかの大事なときに!

 けれど、死の恐怖から逃れるのに、都合のよい夢物語かもしれない。
 何を考えたって結果は同じなら、嫌なことは忘れて楽しいことだけ考えていた方がいい。

 ユノは出された食事をすっかり平らげると、上質な寝台に横になった。
 いろいろあって疲れていたため、すぐに睡魔が襲ってくる。眠りに落ちる間際、ふと思いを馳せた。

 セリウスって呼ばれてたあの人……。

 突然この部屋に飛び込んできたかと思うと、ユノが踊っていただけだと知ってがっくり肩を落としていた。
 あの時の様子を思い出し、笑いが込み上げてくる。

 今夜はいい夢が見られるかもしれない。
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