生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

14、青空の下へ

 おかしな人。
 ユノはセリウスのことをそう思っていた。
 奴隷をかばったり、奴隷に話すことを許したりする。
 話を聞いてくれるからつい願いを口にしてしまったが、それを叶えてくれてしまうところがまた変わっている。

 貴族らしくない。彼の従者のがよっぽど貴族然としている。

 セリウスは話しかけても言葉少なに返事するだけだったが、彼の表情は口ほどに物を言った。ユノに対する困惑振りが手に取るようにわかる。

 ユノ自身、自分の言動はおかしいと思っていた。
 ユノだって死にたいわけじゃない。死にたくないのならそれこそ死に物狂いで活路を見出そうとするのがごく自然な反応だと思う。
 だが、どうあっても奴隷は逃げられないと教え込まれたユノにとって、逃亡は無意味と言うだけでなく余分な体罰を増やすだけの不利益な行為だった。

 それに逃げなくてよかったと思う。食事は上等なものを十分に与えてもらえるし、夢みたいに豪華な部屋を使わせてもらえるし、踊ることも許された。
 踊ることが本当に好きだとしみじみ思う。踊っていると刻一刻残りの時間が失われていく絶望も忘れられる。
 ただ、悔やまれるのは舞台で踊ることができなかったことだった。市場の客寄せじゃない。踊るための場所で注目を一身に浴びて存分に踊りたかった。

「どうした?」
 声をかけられてユノは我に返る。物思いがすぎて止まってしまったようだ。

 つくづく変な人だと思った。彼の目は見ているから踊れと言っているように見える。そのくせいつも気難しい顔をして、楽しんでいるようには見えない。

 ぼんやりそんなことを考えていると、セリウスは再度声をかけた。
「言いたいことがあるなら言えばいい」
 遠慮していると思ったのか、セリウスは眉をひそめる。

 この人は何故か遠慮を嫌う。奴隷が遠慮するのを嫌うなんて、やっぱりおかしな人だ。

 そう思いながらも聞いてもらえるのが嬉しくて、ユノはもじもじと答えた。
「その、あたしお客さんの前で踊ったことがないんです。デビュー前だったから。だから、一度でいいからたくさんの人の前で踊ってみたかったなあって……」
 くだけた言い方になってしまった。まさか変な人だなどと思っていたことまでは言えず、ごまかそうとして動揺している。

 そんなユノの動揺にセリウスは気付いた様子はなかった。そうか、と呟くと視線を落として物思いにふけりはじめた。


 翌日、セリウスは部屋に入って来ずに、戸口から来いと声をかけてきた。
 戸惑いながら近寄ったユノに出ろと短く言う。

「あの、どこへ……」
「部屋を出ていいと許可が降りた」

 何故許可を取ってまで外に出るというのだろう。
 何をされるのかさせられるのか見当つかず びくびくしながらついていくと、セリウスは神殿を出て横手に回った。

 首都の邸宅のような石造りの建物が並んでいる場所に出た。建物は石畳の通路でつながれていて、通路に囲まれた一角に噴水があり、ちょっとした広場になっていた。
 トーガをまとった男の人たちが、手に書物を抱え、あるいは熱心に話し込みながら行き交っている。

 立ち止まったセリウスが広場に目を向けたまま呟いた。
「ここなら人目が多い。皆通り過ぎるだけだが」

 嬉しいと思うよりもまず驚いてしまう。
 セリウスは、よりたくさんの人に踊りを観てもらいたいと思うユノの願いを叶えてくれようとしているのだ。
 一介の奴隷にここまでしてくれるなんて。

 立ち止まって動かないユノに焦れ、セリウスは振り返り口を曲げる。
「せまい部屋よりマシかと思ったが、余計だったか? 」

 はっとしてユノは強く首を振った。
「あ、ありがとうございますっ」
 感謝のあまり平伏しようとすると、セリウスはやめろと厳しく言い放つ。
 感謝を表そうとして怒られたので、ユノは戸惑い怯えた。

 セリウスは怒鳴ってしまったことを後悔するような顔をしたかと思うと、ふいと目をそらして言った。
「礼はいいから行ってこい」
 その横顔には照れがあった。

 怒っているのではないとわかると、ユノはほっとして表情をゆるめた。
「はいっ、ありがとうございます!」
 ユノはもう一度大きく礼を言うと、青空の下に広がる広場に飛び出していった。
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