生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ
15、セリウス、カスケイオスにからかわれる
神殿横には、ここエゲリア・ラティーヌ神殿で学ぶ神官見習たちの学舎と宿舎がある。
貴族の後継ぎ以外の男児は七つになって学問を学ぶ年齢に達すると、たいていがこうした神殿に神官見習として預けられた。そして成人になるまで読み書きから始まり哲学や数学、天文学などの学問を学ぶ。
成人になるとそのまま神官になったり、世俗に戻って長兄の補佐をしたり哲学者としての道を歩んだり、それぞれの将来に向かって進む。
四年前まではセリウスもここで暮らしていた。将来はここで神官となり、神官見習たちに教鞭を取りながら一生を過ごすのだとばかり思っていた。自分の出自を思えば、その他の選択肢など考えられなかった。
しかし実際は世俗に戻され、神殿での生活とはかけ離れた日々を送っている。神殿に預けられたときと同じく、自らの意思とは関係なく。
広場で踊るようになってすぐ、中央のある噴水の前が娘の舞台となった。
流れる水を背に日の光を浴びて、娘は両腕をいっぱいに広げ伸び伸びと踊る。
部屋の中でも楽しそうだったけど、日の当る開けたこの場所では、息を吹き返したように明るかった。
人の目が多いせいもあるかもしれない。
踊る娘の姿に目を止めた者たちが、声をかけあい肩をつつきあい足を止める。その人数は翌日、さらに翌日と増えていき、広場に腰を下ろし見物を決め込む者たちまで現れるくらいだった。
神に仕える者たちが、恥ずかしげもなく口笛を吹き掛声をかける。
「いいぞー!」
「ユノー!」
掛け声に彼女の名前が混じる。
セリウスはその様子に眉をひそめたが、イケイルスに「踊り子に掛け声をかけるのは一般的なことです。貴方様に頼まれたことだから、ポネロ様も彼らのことをお目こぼしくださっているのです」とたしなめられる。
そう言われてしまっては、セリウスが神官見習たちを注意することはできない。
それに、彼女自身、掛け声をかけられて嬉しそうに応えている。
娘の願いを叶えてやれてよかったじゃないかと思う反面、はやしたてる神官見習いたちに苛々して心穏やかでいられない。
それでもじっと我慢して遠くから娘を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「大盛況だな」
セリウスは振り返りながら嫌味を口にした。
「皆忙しいのではなかったのか? 」
見物人の中には神殿兵の姿さえあった。
カスケイオスは空笑いでごまかす。
「まぁ、神殿の中は娯楽らしい娯楽がないからな」
規律に縛られた神殿の生活の息苦しさはわからないでもない。セリウスは学問が楽しかったからさほど苦ではなかったが、周りの仲間たちにはぼやく者が多かった。
それにしても、神殿見習というからには立場上神職を目指しているはず。女性との交わりを禁じられているはずの者たちが、こうも堂々と踊りを観に来るとは何とも嘆かわしい。娘にここで踊らせているのは自分だから、気分は複雑だった。
娘のほうに向き直ると、カスケイオスがセリウスの隣に立った。
「ずいぶんとかわいがってやってるじゃないか」
「何の話だ?」
カスケイオスはにやり笑った。
「あの娘のことだよ。わざわざポネロ様に願い出たんだって? 部屋の外に出して踊らせてやってもいいかって」
「逃がさないなら好きにしていいと簡単に了承くださったぞ」
「そういうことじゃなくってさ。おまえ、女には冷たいところがあるじゃないか。突き放してるってーか」
「別に冷たくなどしていない」
セリウスはむっとした。冷たくしているつもりはない。けれど女性を必要以上に避けてしまうことには気付いていた。
周囲に女のいないところで育ったために、急に世俗に戻され女性が普通に近くで暮らす生活に戸惑った。世俗に戻ったからには女性との付き合いも避けては通れないだろう。
しかし女性を避ける生活が身に染みているために、女性と普通に接するにはどうしたらいいのかわからなくて苦手意識を持っていた。
「おまえは戦いよりも女の方が苦手だからな」
からかわれて反論の言葉もない。
「そんなおまえがさ、一人の女にこんなに手間かけてるなんてすごいじゃないか。……もしかして惚れたか?」
ひそめられた最後の言葉にセリウスはうろたえた。
「お、お前が監視しろと言ったのではないか!」
声を上げてしまって慌てて口を押える。娘の踊りに夢中になっている見物人たちは手拍子を鳴らしたり掛声をかけたりして盛り上がっていた。セリウスの叫びに気付いた者はいない。
カスケイオスは意味深な笑みを浮かべた。
「俺は監視しろとは言ったが、それ以上のことをしろとは言ってないぞ」
セリウスはほぞを噛んだ。
言われなくてもわかっている。だが、ただ監視するだけなど、セリウスにはできなかったのだ。
娘に死の運命を与えたのは、他でもない、セリウスだ。
いくら罪滅ぼししたところで償いになりはしないだろうけど、そうせずにはいられないのだ。
苦悩するセリウスに、カスケイオスは小さくため息をついた。
「あの娘を生贄にしなくていい方法があるにはあるぞ」
貴族の後継ぎ以外の男児は七つになって学問を学ぶ年齢に達すると、たいていがこうした神殿に神官見習として預けられた。そして成人になるまで読み書きから始まり哲学や数学、天文学などの学問を学ぶ。
成人になるとそのまま神官になったり、世俗に戻って長兄の補佐をしたり哲学者としての道を歩んだり、それぞれの将来に向かって進む。
四年前まではセリウスもここで暮らしていた。将来はここで神官となり、神官見習たちに教鞭を取りながら一生を過ごすのだとばかり思っていた。自分の出自を思えば、その他の選択肢など考えられなかった。
しかし実際は世俗に戻され、神殿での生活とはかけ離れた日々を送っている。神殿に預けられたときと同じく、自らの意思とは関係なく。
広場で踊るようになってすぐ、中央のある噴水の前が娘の舞台となった。
流れる水を背に日の光を浴びて、娘は両腕をいっぱいに広げ伸び伸びと踊る。
部屋の中でも楽しそうだったけど、日の当る開けたこの場所では、息を吹き返したように明るかった。
人の目が多いせいもあるかもしれない。
踊る娘の姿に目を止めた者たちが、声をかけあい肩をつつきあい足を止める。その人数は翌日、さらに翌日と増えていき、広場に腰を下ろし見物を決め込む者たちまで現れるくらいだった。
神に仕える者たちが、恥ずかしげもなく口笛を吹き掛声をかける。
「いいぞー!」
「ユノー!」
掛け声に彼女の名前が混じる。
セリウスはその様子に眉をひそめたが、イケイルスに「踊り子に掛け声をかけるのは一般的なことです。貴方様に頼まれたことだから、ポネロ様も彼らのことをお目こぼしくださっているのです」とたしなめられる。
そう言われてしまっては、セリウスが神官見習たちを注意することはできない。
それに、彼女自身、掛け声をかけられて嬉しそうに応えている。
娘の願いを叶えてやれてよかったじゃないかと思う反面、はやしたてる神官見習いたちに苛々して心穏やかでいられない。
それでもじっと我慢して遠くから娘を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「大盛況だな」
セリウスは振り返りながら嫌味を口にした。
「皆忙しいのではなかったのか? 」
見物人の中には神殿兵の姿さえあった。
カスケイオスは空笑いでごまかす。
「まぁ、神殿の中は娯楽らしい娯楽がないからな」
規律に縛られた神殿の生活の息苦しさはわからないでもない。セリウスは学問が楽しかったからさほど苦ではなかったが、周りの仲間たちにはぼやく者が多かった。
それにしても、神殿見習というからには立場上神職を目指しているはず。女性との交わりを禁じられているはずの者たちが、こうも堂々と踊りを観に来るとは何とも嘆かわしい。娘にここで踊らせているのは自分だから、気分は複雑だった。
娘のほうに向き直ると、カスケイオスがセリウスの隣に立った。
「ずいぶんとかわいがってやってるじゃないか」
「何の話だ?」
カスケイオスはにやり笑った。
「あの娘のことだよ。わざわざポネロ様に願い出たんだって? 部屋の外に出して踊らせてやってもいいかって」
「逃がさないなら好きにしていいと簡単に了承くださったぞ」
「そういうことじゃなくってさ。おまえ、女には冷たいところがあるじゃないか。突き放してるってーか」
「別に冷たくなどしていない」
セリウスはむっとした。冷たくしているつもりはない。けれど女性を必要以上に避けてしまうことには気付いていた。
周囲に女のいないところで育ったために、急に世俗に戻され女性が普通に近くで暮らす生活に戸惑った。世俗に戻ったからには女性との付き合いも避けては通れないだろう。
しかし女性を避ける生活が身に染みているために、女性と普通に接するにはどうしたらいいのかわからなくて苦手意識を持っていた。
「おまえは戦いよりも女の方が苦手だからな」
からかわれて反論の言葉もない。
「そんなおまえがさ、一人の女にこんなに手間かけてるなんてすごいじゃないか。……もしかして惚れたか?」
ひそめられた最後の言葉にセリウスはうろたえた。
「お、お前が監視しろと言ったのではないか!」
声を上げてしまって慌てて口を押える。娘の踊りに夢中になっている見物人たちは手拍子を鳴らしたり掛声をかけたりして盛り上がっていた。セリウスの叫びに気付いた者はいない。
カスケイオスは意味深な笑みを浮かべた。
「俺は監視しろとは言ったが、それ以上のことをしろとは言ってないぞ」
セリウスはほぞを噛んだ。
言われなくてもわかっている。だが、ただ監視するだけなど、セリウスにはできなかったのだ。
娘に死の運命を与えたのは、他でもない、セリウスだ。
いくら罪滅ぼししたところで償いになりはしないだろうけど、そうせずにはいられないのだ。
苦悩するセリウスに、カスケイオスは小さくため息をついた。
「あの娘を生贄にしなくていい方法があるにはあるぞ」