生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ
再びエリゲア・ラティーヌ神殿へ

27、セリウスの回想と神殿に戻ってからの日々

 娘が泣きながら食事を取っているのを、セリウスは扉にもたれ聞いていた。

 ──あたしは残りの時間を逃亡に浪費するより、好きなことを精一杯楽しみたいと思ったのです。

 死を恐れないなんて強い娘だと思っていた。物事を冷静に考え感情にとらわれることなく 最善の道を選ぶことのできる理性的な娘なのだと。

 そうではなかった。この娘はごく普通の少女で、過酷な運命に必死に耐えてきていただけだった。

 並んだ椅子の最上段、一番離れた席にいたセリウスにも見えた。踊り始めの娘の泣き顔。翻弄される己が身を嘆いたのかもしれない。
 奴隷にだって心があれば誇りもある。ふってわいた不運に嘆きたくもなるし、心を無視して好き勝手に扱われようとすれば誇りを傷つけられる。

 兵士によって連れて行かれるとき、娘はすがる目でセリウスを見た。皇帝代理の命令と聞いて手出しできなくなり、かばってやれなくて悪かったと思う。

 しかしセリウスにはわからなかった。娼婦であったはずの娘が何故ああも皇帝陛下のお召しを拒んだのか。体を売ることを商売にしていたのだから、今更どうということもないだろうとばかり。

 カスケイオスから陛下が娘をお召しになると聞いたときは衝撃で血の気が引いたが、よくよく思い出してみれば娘は娼婦なのだから何の問題もなかろうと気付いた。だから娘にカスケイオスが命じたことなど実行するなと、陛下の言う通りにしていればいいのだと忠告した。

 ただでさえ短く限られてしまった命を、これ以上縮めることはない。
 しかしその忠告は、娘をひどく傷つけてしまった。

 セリウスはそれ以上に、娘に謝るだけでは済まされない罪を負っている。

 ──どうしてあたしが死ななくちゃならないのぉ……っ?

 娘の慟哭が胸に痛い。
 どうして、彼女でなくてはならなかったのだろう。
 あんなに人があふれかえった中で、どうして彼女を選んだのだろう。
 ついこの間のことだったのに、彼女と初めて出会った日のことをよく思い出せない……。


 エリゲア・ラティーヌ神殿に戻ると、ユノの四六時中の監視は外された。
 神殿敷地内は常に神殿兵が巡回しているし、何よりユノが逃げだそうとしたことが一度もなかったからだ。
 ただ、部屋には鍵が掛けられ、部屋の外に出るときだけ監視がついてくる。その監視を、専らセリウスが引き受けていた。

 ユノの食事もセリウスが運んでくる。

「あの……」
 食事を運んできたセリウスに遠慮がちに声をかけると、セリウスはユノの不安げな顔を覗き込んだ。

「毒が入ってやしないか、まだ心配なのか? 配膳を行っている場所から直接持ってきているから、毒を入れる隙などないのだが。……そうだな。誰彼かまわず毒を飲ませるつもりがあるのなら、調理の段階で仕込むこともあるか」
 ぶつぶつと一人勝手に呟いて、食事を一口ずつ口に入れる。
「これでいいか?」

 ユノが言いたかったのはそのことじゃない。何故貴族であるセリウスがユノのために食事を運んでくるのかということだった。今の言葉で理由はわかったけれど、だからといって高貴な身分の方にそのようなことをさせてしまっていいものかどうか。
 まるで抵抗がないらしいセリウスに、どのように説明したらいいかわからない。

「あの………………はい、ありがとうございます」

 結局言葉が出てこなくて、ユノは礼を言うことで話を終わらせた。
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