生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

28、手向けの大舞台

 首都から戻って以来、娘の踊りを見に神殿を訪れる人々が後を絶たなくなった。
 噂がより広まったということもあるだろうが、ラティナに住む人々は見えるところに居座る蛮族が恐ろしいのだろう。一目見るだけで神の加護にあずかれる娘の踊りにすがっているのかもしれない。

 神殿内では、祈願祭(スプリカティオ)の始まりに、娘の踊りを神に捧げる場を設けようという話が持ち上がった。


「今度は何をたくらんでいる?」
 巡回当番で神殿内の回廊を歩いていたカスケイオスに、セリウスは石柱の陰から声をかけた。

「今度はって何だ?」
 たくらんだことなどないと言いそうなとぼけた様子のカスケイオスを、セリウスはするどく睨みつける。

 カスケイオスは諸手を上げた。
「たくらんでなんかいないさ。ただな、あの娘が皇帝陛下に物申した話は実にすがすがしかったからな。小娘一人の一言に元老院全体が大乱闘だって? いやぁ、見てみたかった」

 二つの派閥がそれぞれの陣営の進退を賭けて激しく争った。もしあの場に凶器があったら、血の海になるところだったに違いない。

 想像して肝が冷え、セリウスは身震いした。
「私は二度とごめんだ。──ではなく、私はその話をしに来たのではない!」

「まぁ落ち着いてもうちょっと聞いてくれよ。……その話を聞いて胸がすっとしたと言う者が結構多いんだ。そういった者たちがだな、勇気ある娘を称えて、せめてもの手向けとして大舞台を贈りたいのだと言ってくれているんだ」

 セリウスの表情が急に白んだ。

「手、向け……」

「あの娘は大舞台で踊るのが夢だったのだろう? だったら祈願祭(スプリカティオ)は最高の舞台だ。民衆の心の支えにもなる。貴族や平民、神官たちからも、それぞれ娘の舞台を望む声が上がってるんだ。……あの娘の踊りが本当に求められているのさ」

 カスケイオスはセリウスの動揺ぶりに気付かない振りして、肩を叩き歩き出した。
「あんまり俺を疑わんでくれ」

 カスケイオスが立ち去っても、セリウスはしばらくその場に立ちすくんでいた。
 いろんなことを考え過ぎて、一番に考えるべきことが頭から抜け落ちていた。

 娘の命はあと数日で神に召される。

 もうすぐこの世から消え行く命を実感して、体の奥底から全ての血の気が凍りつくようだった。
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