生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

29、セリウスの手ほどき

 ランプがほのかに照らす部屋の中で、娘は熱心に巫女の踊りを練習する。

 神官の中で協議が持たれ、祈願祭(スプリカティオ)の舞台では最初にいつもの踊り、その次に巫女の踊りが捧げられることになったからだった。

 昼間は神殿に訪れる者たちに踊りを披露するため、巫女の踊りの練習は夜になった。
 巫女の踊りといっても、神官が踊るものとさほど変わりない。近くの神殿から呼ばれた巫女に一度教わったあと、神官見習だったセリウスに、わからなくなったところを教わりながら踊りの技を磨いていく。


 西の空に上弦の月がかかっている。あと八日もすれば真夜中に天頂にさしかかるようになり、欠けるところのない満月になる。

 娘の命もあと八日。

「セリウス様?」
 声をかけられ物思いから引き戻された。

 椅子に座っていたセリウスは、心配そうに覗き込んでくる娘の顔を見上げる。
「どうした?」

 少し表情をやわらげ取り繕うと、娘はほっとしたように目を細める。
「少しわからなくなってしまったところがありまして……」

 娘はセリウスから離れ、両手を頭上に掲げたところから、水平に下ろして両手をそろえ大きく円を描く。
「このあとなのですけど」
 片足を半歩下げ、斜め後ろに体を反る。

「いや、そこは体を反らずにねじって──いや、巫女の場合はそれでいいのか」
 実際細かく振りをなぞると、神官と巫女の踊りは細かいところが違った。

 巫女の踊りは体をくねらせる振りが混じるけど、神官の踊りは直線的で後ろに反り返ったり脇を反ったりしない。
 同じ踊りから派生したものだから問題ないものとばかり思っていたが、よくよく考えてみれば神官は杖を持ち巫女は薄布をひらめかせる、そこからして違う。
 そのため微妙に違う振り付けに、娘は混乱して練習するほどにわからなくなっていくようだった。

「やはり全て巫女に教わったのがいい。ヌマ・ラティーヌ神殿にて身柄を預かってもらえるよう頼んでみよう」
 巫女を呼び出して教えてもらうのが難しいのならば、娘が巫女のいる神殿に行って教えてもらえばいい。

 さっそく頼みに行こうとしたセリウスを娘は止めた。
「神官の踊りを教えてくださいませ」

 目を瞠ると、娘は不安げに肩をすぼめた。
「女が神官の踊りを踊ってはいけないでしょうか?」
「いや……」

 改めて問われてみれば、神殿の教えにそれを禁じるものはない。神官の踊りというからには神官、つまりは男が踊るものだとばかり考えていた。もとは男女の別がなかった踊り、案外許されるのかもしれない。

 神官長ポネロに訊ねると、それはよい考えだとあっさり承諾した。エゲリア・ラティーヌ神殿に捧げられる踊りは神官の踊りなのだから、男女の別を考えず神官の踊りを捧げるというのは理にかなっているだろうと。

 娘が神官の踊りを練習していると聞いて様子を見にきたカスケイオスは、
「女が男の踊りを踊ってもつまらんと思ったが、逆に禁欲的な感じになってそそるな」
と不謹慎を言うので、セリウスは後頭部をぶん殴り部屋から追い出してやった。

 扉を閉めて振り返ると、娘は口元を押えくすくすと笑っていた。むっとしながら問う。
「何だ?」

「とても仲がよろしいのですね」
 何だかからかわれた気分になって、セリウスは眉間にしわを寄せた。
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