生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ
30、感謝と卑屈
混乱しなくなると娘は見る間に踊りを上達させていった。
上達するほどに楽しげになる娘に、椅子に座って眺めていたセリウスは呟きをもらす。
「神官の踊りは楽しいか?」
娘は踊りを止め、頬を上気させて大きく呼吸をしながら答えた。
「はい。新しく覚えた踊りは新鮮な気分になれて気持ちいいです。……巫女の踊りも楽しかったし。あたし、踊りと名前のつくものは何でも好きなのかもしれません」
セリウスは複雑な気分になって目をそらし、口元を手で覆った。
「みだらな踊りだけが好きなのかと思った」
足をさらして踊り狂う姿ばかりしか見たことがないから、好んでそういうものばかり踊っていると思っていた。
独り言のつもりだったのに、娘は聞きつけてしまう。
「ひどい! みだらって何ですか?」
娘に怒りだされてびっくりし、しどろもどろでセリウスは言う。
「いや、いつも同じ踊りばかりだから……」
「同じ踊りばかりだったのはあの踊りしか知らなかったからです。って、いつもの踊りがみだらってどういうことですか?」
娘は頬を膨らませてむくれた。
今までに見たことのない表情にセリウスは動揺し、目をそらす。
この娘はわかってない。自分の踊りがどれほど男心を煽っているかということを。
「あ、足を。女が足を見せて踊るなんて、恥ずかしいとは思わないのか?」
片手で口元を覆いながらさりげなく頬を隠したのに、娘はセリウスの照れに気付いてしまう。
娘は吹きだした。
「だからちゃんと踊りを見てくださらなかったんですね」
遠慮なく笑われて、何とも情けない気分に陥る。
セリウスがそっぽを向いて額に手を当てると、娘は笑いを引っ込め微笑んだ。
「皇帝陛下の御前で踊ったときは手拍子をくださったのに、戻ってきたらまた見てくださらなくなったからがっかりしていたんです」
「気付いていたのか……」
くるくる目まぐるしく回っている最中のことだから、気付いてないものとばかり思っていた。
「席を立って手を打ってくださってるんだもの。すぐにわかりました。……それに、あの場で手拍子をくださる方なんて、セリウス様しかいらっしゃらないと思いましたから」
嬉しそうに微笑み、両手を胸の前で重ねた。
「怖くて挫けそうだったんです。だからあのときの手拍子は本当に嬉しかった。本当にありがとうございました」
心からの礼と曇りのない笑みにセリウスは落ち着かなくなった。
「礼を言われるほどのことをした覚えはない」
わざとそっけなくする。娘には照れ隠しとばれてしまっているのだろう。
セリウスは不機嫌そうな態度をしているというのに、娘はくすくす笑いながらセリウスの前に膝を突いた。
「セリウス様はとても謙虚でいらっしゃるんですね。──でも、聞いてください」
急に低められた声に、セリウスは何事かと視線を戻した。
目が合って、娘は安堵したように話しだす。
「ずっとお礼を言わなくてはと思っていたんです。ちょっと早いですけど、言う機会がみつからなくて言えないまま終わってしまったら嫌なので、今のうちに言います。
ありがとうございました。奴隷身分のあたしにここまでよくしてくださって。奴隷には決して手に入れられない贅沢な暮らしをさせていただき、踊りたいという願いも叶えていただきました。満足です。思い残すことは何もありません」
ひれ伏す娘を呆然と見下ろしていたセリウスの体ががたがたと震え出した。震えは座っている椅子を鳴らし、様子がおかしいことに気付いた娘が顔を上げる。
「セリウス様?」
セリウスは椅子を転がす勢いで立ち上がった。
「奴隷奴隷と卑屈になるんじゃない! 私は礼を言われるようなことなど何一つしていない!」
怒鳴り散らし、部屋を飛び出していく。
上達するほどに楽しげになる娘に、椅子に座って眺めていたセリウスは呟きをもらす。
「神官の踊りは楽しいか?」
娘は踊りを止め、頬を上気させて大きく呼吸をしながら答えた。
「はい。新しく覚えた踊りは新鮮な気分になれて気持ちいいです。……巫女の踊りも楽しかったし。あたし、踊りと名前のつくものは何でも好きなのかもしれません」
セリウスは複雑な気分になって目をそらし、口元を手で覆った。
「みだらな踊りだけが好きなのかと思った」
足をさらして踊り狂う姿ばかりしか見たことがないから、好んでそういうものばかり踊っていると思っていた。
独り言のつもりだったのに、娘は聞きつけてしまう。
「ひどい! みだらって何ですか?」
娘に怒りだされてびっくりし、しどろもどろでセリウスは言う。
「いや、いつも同じ踊りばかりだから……」
「同じ踊りばかりだったのはあの踊りしか知らなかったからです。って、いつもの踊りがみだらってどういうことですか?」
娘は頬を膨らませてむくれた。
今までに見たことのない表情にセリウスは動揺し、目をそらす。
この娘はわかってない。自分の踊りがどれほど男心を煽っているかということを。
「あ、足を。女が足を見せて踊るなんて、恥ずかしいとは思わないのか?」
片手で口元を覆いながらさりげなく頬を隠したのに、娘はセリウスの照れに気付いてしまう。
娘は吹きだした。
「だからちゃんと踊りを見てくださらなかったんですね」
遠慮なく笑われて、何とも情けない気分に陥る。
セリウスがそっぽを向いて額に手を当てると、娘は笑いを引っ込め微笑んだ。
「皇帝陛下の御前で踊ったときは手拍子をくださったのに、戻ってきたらまた見てくださらなくなったからがっかりしていたんです」
「気付いていたのか……」
くるくる目まぐるしく回っている最中のことだから、気付いてないものとばかり思っていた。
「席を立って手を打ってくださってるんだもの。すぐにわかりました。……それに、あの場で手拍子をくださる方なんて、セリウス様しかいらっしゃらないと思いましたから」
嬉しそうに微笑み、両手を胸の前で重ねた。
「怖くて挫けそうだったんです。だからあのときの手拍子は本当に嬉しかった。本当にありがとうございました」
心からの礼と曇りのない笑みにセリウスは落ち着かなくなった。
「礼を言われるほどのことをした覚えはない」
わざとそっけなくする。娘には照れ隠しとばれてしまっているのだろう。
セリウスは不機嫌そうな態度をしているというのに、娘はくすくす笑いながらセリウスの前に膝を突いた。
「セリウス様はとても謙虚でいらっしゃるんですね。──でも、聞いてください」
急に低められた声に、セリウスは何事かと視線を戻した。
目が合って、娘は安堵したように話しだす。
「ずっとお礼を言わなくてはと思っていたんです。ちょっと早いですけど、言う機会がみつからなくて言えないまま終わってしまったら嫌なので、今のうちに言います。
ありがとうございました。奴隷身分のあたしにここまでよくしてくださって。奴隷には決して手に入れられない贅沢な暮らしをさせていただき、踊りたいという願いも叶えていただきました。満足です。思い残すことは何もありません」
ひれ伏す娘を呆然と見下ろしていたセリウスの体ががたがたと震え出した。震えは座っている椅子を鳴らし、様子がおかしいことに気付いた娘が顔を上げる。
「セリウス様?」
セリウスは椅子を転がす勢いで立ち上がった。
「奴隷奴隷と卑屈になるんじゃない! 私は礼を言われるようなことなど何一つしていない!」
怒鳴り散らし、部屋を飛び出していく。