生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

34、恋の葛藤

 翌日、どうにも顔を合わせづらくて、夜明けの務めをイケイルスに代わってもらった。

 朝、日の出に祈る神事が行われた後、娘は集った民衆に踊りを披露する。

 セリウスは物陰から神に祈りを捧げ、娘の踊りを遠くから眺めた。

 娘は昨日のことを引きずった様子なく、いつものように民衆を魅了する。

 セリウスは久しぶりに、娘の踊りをじっくりと眺めた。いかがわしいと思い目をそむけてきたが、腿が見えてしまうほど足をあげていても、大きく腰を振っていてもいかがわしさなどなかった。
 朝日を浴びて神々しいまでに美しいと思った。

 いかがわしいのは己の心の方だ。
 しなやかなあの肢体を抱きしめたいという衝動を覚えた。
 昨夜、ユノが望んだときにいっそ情けをかけてしまえばよかったと。

 自分の思考に羞恥を覚え、セリウスはほてった顔を他の者に見られないようさりげなく隠しながら宿泊所として貸し与えられている部屋に戻った。
 寝台に倒れ込み胸を強く押し、苦しさを吐き出そうとする。

 恋がこんなに苦しいものだと思わなかった。
 苦しいのは、決してこの恋が成就しないとわかっているからか。
 帝国民は奴隷と結婚してはならない。貴族は解放奴隷との結婚も許されていない。それが帝国の法律だ。
 まして娘は神に捧げられると定められてしまった者。只人たる自分が我が物にしていいわけがない。

 神を思うと心が冷えた。神に申し訳の立たない行いをしてはならない。その言葉が詭弁でしかないとわかっていても、それにすがるしかなかった。

 明り取りの窓から日の光が入りはじめた。ずいぶんと時間が経っていた。イケイルスがセリウスを呼びに部屋に訪れたころには、ずいぶんと落ち着きを取り戻していた。
 寝台に座り、入室を許可する。

 戸口に立ったイケイルスは、困惑した様子で申し訳なさそうに言った。
「娘が食事を食べないと言うのです。具合が悪いのかと問い掛けても答えず、このようなことで煩わせてしまって申し訳ありませんが」

 食事と言われて毒見のことを思い出した。娘はまだ毒を盛られるかもしれないと恐れていた。

 イケイルスに毒見のことを言おうと口を開きかけて、セリウスは躊躇する。

 娘が、周囲の人間を疑ってかかっているなどと、あまり知られていいことではない。
 イケイルスに言えば、毒見の奴隷を用意すると言い出して大事になってしまうのは目に見えていた。

「私が行こう」
 セリウスは立ち上がった。
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