生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ
祈願祭の始まり
41、策略
満月が、東の空から南の天頂へと昇りつつあった。
都市の守備兵が、所々壊れた城壁の上に立って見張りをしている。
キニスリー族が都市に攻め込んできたときの名残だ。頑丈なレンガで作られた人の背丈の三倍はある城壁に無残な大穴が空いている。奴らは斧を打ち付けて突き崩し、短時間で道を作って都市内に侵入してきた。投擲機も使わずに錨のような斧を振るってやってのけてしまうのだから恐ろしい。伝説の巨人族の末裔と言われているだけあって、力だけでなく体も見上げるほどでかかった。
守備兵は身震いする。見上げられるほど間近にいたのに命があったのが不思議だ。
だが、朝から晩までラティナから見える丘に陣取っている蛮族に怯える日々は、今日で最後のはずだ。
今夜、ラティナの守護神エゲリアに加護を求める祈願祭(スプリカティオ)が行われる。
神の加護を得られれば怖いものなんてない。きっと女神が蛮族を追い払ってくれるだろう。
今回の祈願祭(スプリカティオ)は人間が生贄になることもあって大掛かりだという。噂の巫女の舞台も用意されているという。もとは皇帝の妃だったという高貴な女性らしい。一目見ればラティナの守護神の加護を得られると聞いて見に行ったが、娼婦の踊りのようでありながら神々しさを感じる踊りだった。今夜の舞台では特別な踊りも披露されるらしい。
そんな日に当番が回ってくるなんてついてない。蛮族たちはすでに丘になかった。毎日日の出頃に姿を現し、日が暮れると部族が居留している地に帰っていく。奴らがいなくなったというのに、警戒に立っているのが馬鹿らしくなってくる。
「何だ? まだいるのか?」
急に声をかけられて、守備兵は飛び上がった。
そこに自分と同じ格好をした男がやってくる。
「神殿周辺の警護に回らなくていいのか?」
「は?」
守備兵は瞬きする。仲間の話がよく飲み込めない。
「神殿の見物客が思いの外殺到していて危険なのでそちらの方に人手がかき集められてるって聞いてないのか?」
そんな話、全く聞いていない。
「俺は貧乏くじさ。このへんの警戒を全部任せられた」
何かがおかしい、と守備兵は仲間の顔を眇めて見た。
仲間は疑われていると気付かず、空を見上げて言う。
「今日は神が一番近付く日だ。そんな日に蛮族も攻めてはこないだろう。それよりも祈願祭(スプリカティオ)を成功させることだと、そうホラティウス様が仰っていたぞ」
守備兵をまとめる隊長の名前を出されて、疑ってかかっていた守備兵はほっと肩を降ろした。
「うまくすると警備がてら巫女の踊りが見れるかもしれないぞ。急げよ」
そう促されて、守備兵は城壁から細く急な階段を降りていった。
城壁に残った男はやれやれとため息をついた。しばらくして別の人間が上がってくる。
身構えかけた男だったが、相手の顔を確認して手を降ろした。
「これで見張りは全員降りたな」
やってきた男は外国の商人のような姿をしていた。諸外国を回る商人はいろいろなところに顔が利き、ときには雇われて間諜の役割も果たす。
「いい商売だったぜ。蛮族にちょいと耳打ちしてこんな簡単な仕事もらってよ」
守備兵の格好をした男は、くっくと笑いをもらした。
「何もかも予定通りだ。……もうすぐ時間だな」
天頂を見上げて商人は言った。男はその言葉に頷いて降りていく。商人は松明を一つ取ってあとは消した。そして大きく腕を振って松明を振り回した。
丘のふもとから、蹄の音が近付いてくる。
都市の守備兵が、所々壊れた城壁の上に立って見張りをしている。
キニスリー族が都市に攻め込んできたときの名残だ。頑丈なレンガで作られた人の背丈の三倍はある城壁に無残な大穴が空いている。奴らは斧を打ち付けて突き崩し、短時間で道を作って都市内に侵入してきた。投擲機も使わずに錨のような斧を振るってやってのけてしまうのだから恐ろしい。伝説の巨人族の末裔と言われているだけあって、力だけでなく体も見上げるほどでかかった。
守備兵は身震いする。見上げられるほど間近にいたのに命があったのが不思議だ。
だが、朝から晩までラティナから見える丘に陣取っている蛮族に怯える日々は、今日で最後のはずだ。
今夜、ラティナの守護神エゲリアに加護を求める祈願祭(スプリカティオ)が行われる。
神の加護を得られれば怖いものなんてない。きっと女神が蛮族を追い払ってくれるだろう。
今回の祈願祭(スプリカティオ)は人間が生贄になることもあって大掛かりだという。噂の巫女の舞台も用意されているという。もとは皇帝の妃だったという高貴な女性らしい。一目見ればラティナの守護神の加護を得られると聞いて見に行ったが、娼婦の踊りのようでありながら神々しさを感じる踊りだった。今夜の舞台では特別な踊りも披露されるらしい。
そんな日に当番が回ってくるなんてついてない。蛮族たちはすでに丘になかった。毎日日の出頃に姿を現し、日が暮れると部族が居留している地に帰っていく。奴らがいなくなったというのに、警戒に立っているのが馬鹿らしくなってくる。
「何だ? まだいるのか?」
急に声をかけられて、守備兵は飛び上がった。
そこに自分と同じ格好をした男がやってくる。
「神殿周辺の警護に回らなくていいのか?」
「は?」
守備兵は瞬きする。仲間の話がよく飲み込めない。
「神殿の見物客が思いの外殺到していて危険なのでそちらの方に人手がかき集められてるって聞いてないのか?」
そんな話、全く聞いていない。
「俺は貧乏くじさ。このへんの警戒を全部任せられた」
何かがおかしい、と守備兵は仲間の顔を眇めて見た。
仲間は疑われていると気付かず、空を見上げて言う。
「今日は神が一番近付く日だ。そんな日に蛮族も攻めてはこないだろう。それよりも祈願祭(スプリカティオ)を成功させることだと、そうホラティウス様が仰っていたぞ」
守備兵をまとめる隊長の名前を出されて、疑ってかかっていた守備兵はほっと肩を降ろした。
「うまくすると警備がてら巫女の踊りが見れるかもしれないぞ。急げよ」
そう促されて、守備兵は城壁から細く急な階段を降りていった。
城壁に残った男はやれやれとため息をついた。しばらくして別の人間が上がってくる。
身構えかけた男だったが、相手の顔を確認して手を降ろした。
「これで見張りは全員降りたな」
やってきた男は外国の商人のような姿をしていた。諸外国を回る商人はいろいろなところに顔が利き、ときには雇われて間諜の役割も果たす。
「いい商売だったぜ。蛮族にちょいと耳打ちしてこんな簡単な仕事もらってよ」
守備兵の格好をした男は、くっくと笑いをもらした。
「何もかも予定通りだ。……もうすぐ時間だな」
天頂を見上げて商人は言った。男はその言葉に頷いて降りていく。商人は松明を一つ取ってあとは消した。そして大きく腕を振って松明を振り回した。
丘のふもとから、蹄の音が近付いてくる。