生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ
55、思い描かなかった未来へ
「は!?」
口の端を上げて笑うセリウスに、ユノは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「そんなに驚くな。最初から考えていたことなのだ。……私が兵を挙げれば都市を守るだけだと弁解したところで反乱を起こしたとされてしまう。処刑されたくなかったら本当に反乱を起こすしかない。しかしそれだと、味方が少ない私は負けてしまうかもしれない。運がいいというか悪いというか、帝国領土は蛮族にいいように蹂躙されている有様だった。それで各地の蛮族を平定して回ったんだ。……こんな話をしてもわからないか?」
ユノはぽかんとした。セリウスは画策のできるような人だったろうか。
セリウスはユノが話についてこれなかったと思ったらしい。苦笑して話を終わらせようとするのを、ユノは表情を引き締めて見上げて乞う。
「いいえ。続けてください」
ユノの真剣な表情に、セリウスは小さく笑みをこぼした。
「……自分たちの所領を守ってくれる指揮官を厭う領主などいない。蛮族を追い払ってくれるならと、多くの人間が兵に志願してくれる。兵が蛮族の数を上回れば上回るほど、味方の損害は少なくて済む。そうして救われた地域の帝国民は、元老院に対して私の擁護をしてくれるだろう。そうしたら処刑されるどころか逆に英雄として称えられる。ただ、それだけでは済まなかった。私は皇帝の血を受け継いでいる。私が台頭してくることを厭う皇帝補佐の勢力と、それを失脚させようと私を皇帝に擁立しようとする元老院重鎮の勢力があった。ありがたいことに私の活躍に焦った皇帝補佐は私に刺客を送って、それが発覚して失脚してくれた。先の皇帝が帝位を降りるというので私が帝位に押し上げられたが、もともと皇帝の血筋などあってないようなものなのだ」
「それは、どういう……」
「皇帝の血を引く男児が生まれなかった場合、優秀な人材を皇帝の養子として後継者に据えてきたんだ。戦争や陰謀などで後継者が不在だった時代が過去にいくらでもある。──ということを、私を擁立する勢力で一番権力のあるお方にお話したんだ。そもそも血筋などにこだわったから、皇帝が執政を放棄し一部の貴族が国を私物化し、国が荒れた。私など執政のことをろくに知らぬ若輩者だ。そんな皇帝を据えるより、優秀な人材を私の養子として帝位をゆずったのがいいのではないかとね」
「ど、どうしちゃったんですか?」
ユノは間抜けた物言いをしてしまった。セリウスは首を傾げる。
「どうした、とは? 」
「だって、セリウス様はそのように策謀を企てることはお嫌いだったじゃないですか」
「嫌いだったけど、考えを改めたんだ。何かを得ようとしたら何かを失わなくてはならない。君を救うためだったら、私は自らの誇りを汚す策略も企てようと」
ユノは唖然として言葉も出なかった。
「それに、各地の帝国民は自分たちのために戦って蛮族の脅威を晴らし大喜びだし、腐敗した政治は一掃できた。今回は私の養子という形を取ったが、このことで元老院の方々は皇帝という地位について考えるだろう。血筋によって継承する今の制度を変えるかもしれない。だから、誰にとってもよい結果におさまったんだ」
後ろ暗いところは何もないと胸を張っているようなセリウスに、ユノは呆れを通り越して脱力してしまう。
何だかカスケイオスのようだ。けれどもセリウスの輝きは失われていない。変わらず清く正しく、ユノの心を魅了する。
セリウスは放心するユノを見下ろして表情を翳らせた。
「おまえは、生贄にされるという恐怖の中で私にやさしくされて嬉しくなって、それを恋と錯覚したのではないかと思った。もしそうならそう言ってくれ。好きでもない男に迎えに来られても迷惑なだけだろう?」
迷惑でなかったら、とセリウスは手を差し出した。不安を隠し切れない表情でユノの返事を待つ。
ユノはそんなセリウスを見て考え込んでしまった。
この人はわかっているのだろうか?
帝国民は奴隷とは、解放されたとしても結婚することができない。奴隷の愛人を囲うなんて皇帝でなくても外聞が悪い。
しかもユノは生贄にされるところを逃げ出した奴隷だ。それを逃がしたのはセリウス。発覚すればどんな処罰があるかわからない。
それにカスケイオス。あんなにセリウスを帝位に就けたがってた人がおとなしく引き下がったんだろうか。帝位を譲ってきたというけど、それでことが上手くおさまったとは思えない。血筋にこだわり続けた人たちが簡単に考えを改められるとも思えない。
「ユノ?」
返事がないのに耐えられなくなって、セリウスが呼びかける。
その声を聞いて考え込んだことすべてがどうでもよくなった。
今考えたところでわかりっこないことは忘れてしまおう。
策を練ってここまでたどり着いてくれた彼だけど、どうも未だに策略とか陰謀とか、そういった方面を任せておけない気がする。
大変だろうけど、ユノがしっかりしていれば大丈夫と思った。
それにしてもどうしてこの人はこんなに自信がないのだろう。
ユノはこんなにもセリウスを愛しているのに。
差し出された手を無視して、ユノはセリウスの首に抱きついた。
END
お読みくださり、ありがとうございました。
口の端を上げて笑うセリウスに、ユノは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「そんなに驚くな。最初から考えていたことなのだ。……私が兵を挙げれば都市を守るだけだと弁解したところで反乱を起こしたとされてしまう。処刑されたくなかったら本当に反乱を起こすしかない。しかしそれだと、味方が少ない私は負けてしまうかもしれない。運がいいというか悪いというか、帝国領土は蛮族にいいように蹂躙されている有様だった。それで各地の蛮族を平定して回ったんだ。……こんな話をしてもわからないか?」
ユノはぽかんとした。セリウスは画策のできるような人だったろうか。
セリウスはユノが話についてこれなかったと思ったらしい。苦笑して話を終わらせようとするのを、ユノは表情を引き締めて見上げて乞う。
「いいえ。続けてください」
ユノの真剣な表情に、セリウスは小さく笑みをこぼした。
「……自分たちの所領を守ってくれる指揮官を厭う領主などいない。蛮族を追い払ってくれるならと、多くの人間が兵に志願してくれる。兵が蛮族の数を上回れば上回るほど、味方の損害は少なくて済む。そうして救われた地域の帝国民は、元老院に対して私の擁護をしてくれるだろう。そうしたら処刑されるどころか逆に英雄として称えられる。ただ、それだけでは済まなかった。私は皇帝の血を受け継いでいる。私が台頭してくることを厭う皇帝補佐の勢力と、それを失脚させようと私を皇帝に擁立しようとする元老院重鎮の勢力があった。ありがたいことに私の活躍に焦った皇帝補佐は私に刺客を送って、それが発覚して失脚してくれた。先の皇帝が帝位を降りるというので私が帝位に押し上げられたが、もともと皇帝の血筋などあってないようなものなのだ」
「それは、どういう……」
「皇帝の血を引く男児が生まれなかった場合、優秀な人材を皇帝の養子として後継者に据えてきたんだ。戦争や陰謀などで後継者が不在だった時代が過去にいくらでもある。──ということを、私を擁立する勢力で一番権力のあるお方にお話したんだ。そもそも血筋などにこだわったから、皇帝が執政を放棄し一部の貴族が国を私物化し、国が荒れた。私など執政のことをろくに知らぬ若輩者だ。そんな皇帝を据えるより、優秀な人材を私の養子として帝位をゆずったのがいいのではないかとね」
「ど、どうしちゃったんですか?」
ユノは間抜けた物言いをしてしまった。セリウスは首を傾げる。
「どうした、とは? 」
「だって、セリウス様はそのように策謀を企てることはお嫌いだったじゃないですか」
「嫌いだったけど、考えを改めたんだ。何かを得ようとしたら何かを失わなくてはならない。君を救うためだったら、私は自らの誇りを汚す策略も企てようと」
ユノは唖然として言葉も出なかった。
「それに、各地の帝国民は自分たちのために戦って蛮族の脅威を晴らし大喜びだし、腐敗した政治は一掃できた。今回は私の養子という形を取ったが、このことで元老院の方々は皇帝という地位について考えるだろう。血筋によって継承する今の制度を変えるかもしれない。だから、誰にとってもよい結果におさまったんだ」
後ろ暗いところは何もないと胸を張っているようなセリウスに、ユノは呆れを通り越して脱力してしまう。
何だかカスケイオスのようだ。けれどもセリウスの輝きは失われていない。変わらず清く正しく、ユノの心を魅了する。
セリウスは放心するユノを見下ろして表情を翳らせた。
「おまえは、生贄にされるという恐怖の中で私にやさしくされて嬉しくなって、それを恋と錯覚したのではないかと思った。もしそうならそう言ってくれ。好きでもない男に迎えに来られても迷惑なだけだろう?」
迷惑でなかったら、とセリウスは手を差し出した。不安を隠し切れない表情でユノの返事を待つ。
ユノはそんなセリウスを見て考え込んでしまった。
この人はわかっているのだろうか?
帝国民は奴隷とは、解放されたとしても結婚することができない。奴隷の愛人を囲うなんて皇帝でなくても外聞が悪い。
しかもユノは生贄にされるところを逃げ出した奴隷だ。それを逃がしたのはセリウス。発覚すればどんな処罰があるかわからない。
それにカスケイオス。あんなにセリウスを帝位に就けたがってた人がおとなしく引き下がったんだろうか。帝位を譲ってきたというけど、それでことが上手くおさまったとは思えない。血筋にこだわり続けた人たちが簡単に考えを改められるとも思えない。
「ユノ?」
返事がないのに耐えられなくなって、セリウスが呼びかける。
その声を聞いて考え込んだことすべてがどうでもよくなった。
今考えたところでわかりっこないことは忘れてしまおう。
策を練ってここまでたどり着いてくれた彼だけど、どうも未だに策略とか陰謀とか、そういった方面を任せておけない気がする。
大変だろうけど、ユノがしっかりしていれば大丈夫と思った。
それにしてもどうしてこの人はこんなに自信がないのだろう。
ユノはこんなにもセリウスを愛しているのに。
差し出された手を無視して、ユノはセリウスの首に抱きついた。
END
お読みくださり、ありがとうございました。