ふたつのハート
辺りも薄暗くなって来た頃、レンガ積みが終了した。
「完成ね…みんな、ごくろうさま」
「これで、お花が植えられるんだ、やったあ!」
なんか、嬉しくて泣きそう…
完成したのもそうだけど、みんなとこうして、一緒にできたことが!
「ごくろうさま、来週はいよいよ植え付けだね…みんな気をつけて帰るんだよ」
「おじさん!サヨナラ~」
私達は帰る途中、完成した花壇の前を通った。
「なんか風景、変わったよな…」
「そうだね、これでさ、花を植えたらもっと違って見えるんじゃない…綺麗だろうなぁ」
駅までの道を、今日あった出来事を話しながらみんなで歩いてゆく。
「そういえば、真谷のおにぎり、具が入ってなかった…」
「…バレたか…入れ忘れたの…ゴメン…でもさ、あの時の山代の顔 ったら、最高だったよね…また、つい思いだし笑いが…キャハハハ…」
私は、前を歩くふたりのおかしな会話を、一緒に聞いていた。
少し遅れて歩いていたセイカくんに、龍咲さんが合わせるように横に並んでいく。
「高吉くん…あなた、変わったわ…」
『 キャハハハ…』
「龍咲…」
龍咲さんは、セイカくんに何か言っていたみたいだけど、前のふたりの笑い声に掻き消されて、その言葉はよく聞き取れなかった。
城東駅の駅前広場でさよと、山代くんと別れた、山代くんは親戚の家にいくらしく、さよと同じくバスで帰ることに
『テンジンガワー テンジンガワー 』
バスプールへ向かう龍咲さんとも、ここでお別れ…
「それじゃ…奈々瀬さん、高吉くん…今日はありがとう!おつかれさま」
「それじゃあまた月曜日、バイバイ!」
「じゃあな…」
天神川駅を出れば、セイカくんともお別れ…
「それじゃ…わ、私…帰るね…」
すると、セイカくんは私の横に並んだ。
「送って行くよ…」
「え?…だって私ん家とセイカくんの家…反対方向じゃ…」
「奈々瀬のこと、心配だから…」
なんで?そんなことされたらわたし…
けど、素直に…
「ほんとに、いいの?…じゃあ、お願いします」
「行こうか…」
するといきなり、セイカくんは私の左手を握った。
あッ!?…
セ…セイカくん?…ドキドキが止まらない、セイカくんと手を繋いでる。
だってセイカくんには好きな人が!
「…奈々瀬って、こうして、しっかり捕まえていないと、無茶で何をするかわからないから、しかたないだろ…」
「え?…何それ!ヒドイよ…私そんなこと…」
……私、そういうふうに見られているの…でもいい…こうして、セイカくんに手を繋いでもらえるのなら、何を言われようと…ずっとこのままで…いたい。
手をつないだまま、商店街を過ぎ、しばらく歩いて行くと、急にセイカくんは立ち止まった。
ここは…
天神川にかかるあの橋の見える、堤防沿いの道だった。
堤防沿いの斜面にふたりで座った。
「俺さ、ここで…無くしたものがあるんだ」
「…うん…」
セイカくんは河川敷をじっーと見つめながら、ゆっくりとはなし始めた。
「1ヶ月前、かあさんが飼っていた、犬のアンが… 病気になって天国へ…」
「…」
「そのアンの首輪にかあさんの形見が、つけてあったんだ…」
「…形見って…セイカくんのおかあさんは…」
「…3年前に天国へ…」
「…ご…ごめんね…私、し、しらなくて…ごめんなさい…」
「…今ごろ俺たちのこと、上から見てるかもな、小さいのと大きいのが並んで仲良く座ってるって…」
私が泣きそうになると、セイカくんは握っていた手を離し、今度は私の肩を抱き寄せてくれた。
「そうかもね…」
しばらく肩を寄せ合っていると、セイカくんの手にまた力が入って、私を…私の身体はセイカくんの胸にさらに引き寄せられた。
「親父は大の犬嫌いで、当然、家で飼うのは無理、だからかあさんは内緒で、親戚の家にアンを預けて飼っていたんだ…ところが、その親戚の家が引っ越してしまい…」
「…でも…アンはもう…」
「アンが亡くなる前に、赤ちゃんが生まれたんだ…」
「赤ちゃん!?」
「その赤ちゃんにも同じ、かあさんの形見の片割れが付けてあった。…でも、この河川敷で遊んでいるうちに鎖が切れて…どこかへ失くしてしまったんだ…」
なんとなく、覚えのあるような話に、私はセイカくんの腕から離れると、正面に向き直し、逆にセイカくんの両腕を掴みながら、彼の身体を揺さぶった。
「その子の名前…ちび?…ねぇ!セイカくん!ちびって言うんじゃない!?」
「…奈々瀬に助けてもらった…ちびさ…」
「…それじゃあ…あの時の飼い主さんは…」
「奈々瀬?…あの時は、ちびを助けてくれて、ありがとう」
「な、なんで今まで、言ってくれなかったの?」
「それは…」
「…?」
「奈々瀬に出会ってしまったから」
「私に?」
あの日ーー
「ちびを預けていた親戚のおじさんが急に引っ越してしまい、ちびの居場所がなくなってしまって、どうしようか迷っていたんだ。
家には連れて帰れないし、しかたなくちびとよく遊んでいたこの河川敷に来ると、ちびは喜んで走り回っていた、楽しそうにさ…でも、ちょっと目を離したスキに、ちびの姿が見えなくなってしまって、どこを探しても見つからなくて…学校の時間もあるし、終わってからまたくればいいと思って、ちびをそのまま放置してしまったんだ。
ところが、駅へ行こうとしたら、雨が降ってきて、俺は慌ててこの河川敷へ戻って、ちびを探した。
すぐにちびを探し出して、ちびが濡れないように、橋の下へ連れて行った。
雨はあたらないけれど、もしもの事を考えて、あの、橋桁の下の所へ上げたんだ。
増水しても大丈夫なようにと思って…でも、それがかえって、奈々瀬とちびを、危険な目に合わせてしまったんだ。
ーー
心配になって、あの橋桁に行ってみると、増水している川の中へ入って、橋桁の下にいるちびを助けようとしている、女子高生の姿を見つけたんだ…
なんで?彼女は誰?…そんなことを考えている余裕もなくて…俺も必死に、彼女とちびを助けに行った…」
「そっか…あの時の肩車!…でも…スカートの中に…」
「ご、ごめん…どうしていいか、わからなくて…」
「ううん、もしセイカくんに助けてもらわなかったら、私とちびは…」
けど、セイカくんで、安心した…私の初恋の人…
「けど、その後のこと…覚えてないの、私…意識を失ったみたいで…でも、あのハートと…優しい目と微笑んでいた人のことは覚えている、今でも…」