拾い恋(もの)は、偶然か?
不意に部長が、チラリとどこかへ視線をやって、ため息を吐いた。
「時間だ。」
「へ。」
視線を辿れば、車の時計はもう会社に行かなくちゃいけない時間になっている。
「残念。」
時計を見ていた私の隙をついて、部長が額にキスを落とす。唖然とする私を気にもせずに、部長は運転席に座りなおしてシートベルトを付けた。
「確かに、そうだったかもしれないな。」
そう呟いた部長は、ギアを切り替えてまっすぐ前を見た。
「部長?」
「……ん。」
切羽詰まったような真剣な横顔を、胸のドキドキも忘れて思わず見つめてしまう。どうしたんだろう、さっきから。部長の様子がおかしいのはいつものことだけど、今日は少し違う気がする。
「もう少し、待ってくれるか?」
前を向いたまま言った部長の声が震えている気がした。これ以上は踏み込んじゃいけない。咄嗟にそう思って。
「はい。」
思わずそう言っていた。
「ありがとう。」
「……いえ。」
部長の寂しそうな横顔を見て初めて、この人の抱えている何かを感じた。いつも紳士的で、王子様のようなこの人が抱えていることは、とても大きなものなのかもしれない。
会社までお互い、終始無言で過ごした。だけどそれは、嫌な意味なんかじゃなく、お互いに考えるべきことが多かったから。会社に着いたらもういつもの部長で、ホッと息を吐いた。