私の本音は、あなたの為に。
「うん……」


五十嵐は、まだ怪訝そうに眉をひそめながらもゆっくりと“ヤルタ会談”という文字をプリントに書き始めた。


それを見計らって、私も自分のプリントに急いで“ヤルタ会談”という文字を書き写す。



「これで、合ってる?」


今度は先生が配る為の新しいプリントを探している間に、五十嵐は私の机の上に自分のプリントを置いた。


「ん?」


私は五十嵐のプリントに目を通し、そして。


「えっ…?」


目を疑った。


“ヤルタ会談”という文字が、完全に鏡文字になっているのだ。


私ですら考え込まないと書けない鏡文字を、いともたやすく、そしてこれが当たり前の様に書いた五十嵐。


(何か、おかしい)


五十嵐は、私達とは何かが違う気がした。



「五十嵐、これ鏡文字になってるよ」


けれど、私は至って普通の表情を装って五十嵐の方を向いた。


「っ…!…嘘、本当だ…」


自分のプリントを受け取った五十嵐は、あわあわと鏡文字の部分を消し、新たに“ヤルタ会談”と書き始めた。


「五十嵐…?」


どこか焦った様子の五十嵐に向かってそう呼び掛けると、


「安藤、今の本当に忘れて、無かったことにして!」


と、彼は私に両手を合わせて頼みこんできた。


その必死な表情が、冗談では無い事を物語っていて。


「ああ、うん。分かった」


私は若干首を傾げながらも頷いた。
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