私の本音は、あなたの為に。
それにしては、彼は変な所でつっかえているような気もする。


もしそれが平仮名なら、普通は悩まずに読めるはずなのに。


私が本から目線を外して五十嵐を見つめ始めた事に気付いていない五十嵐は、本の続きを読み始めた。


「それで……お、婆さんは、かわ…川に、せた…ん?…洗、濯……に行き…ました」


数行読んだだけなのに、五十嵐は普通の人の何倍もの時間を費やしていた。


私なら、五十嵐がそう言っている間に本のページを2回はめくれるスピードだ。


「ふぅー」


五十嵐はもう疲れたのか、大きく息を吐いてから本のページをめくった。


「…お婆……さんが、か、わ…でせんた、く…をして………ん?」


五十嵐の朗読をする声が、急に止まった。


五十嵐が急にこちらを向いた為、私は慌てて広げていた本に視線を戻す。


そして、ちらりと彼の方を見てみると。


彼は、本のページを指でなぞったり上下を逆さまにしたりしていた。


「…五十嵐、何をしてるの?」


堪らず、私はそう聞いてしまった。


「えっ?」


五十嵐は、慌てた様に私の顔を見た。


「………何かさ、読めない」


そう言いながら笑う彼の顔は、引きつっていた。


「書いてある文字は分かるんだけどね……それの読み方が、分かんないっ……」
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