私の本音は、あなたの為に。
悔しそうに言葉を絞り出した彼は、ぎゅっと口を真一文字に結んだ。


「漢字が読めないの?何ていう漢字?」


私は、てっきり五十嵐が読めていない字は漢字だと思い込んでそう尋ねた。


「あのー……そうじゃなくて、平仮名だと思う…」


(えっ?)


平仮名なら、常識的に考えて高校生は読めるはずだ。


それこそ、幼少期に何らかの事情があって小学校に通えなかったとしたとしても、最低限平仮名は覚えるはずだ。



「安藤…読んで…」


五十嵐は、若干下を向きながら私の方に本を差し出してくる。


「えっ……ああ、私がそっちに行くよ」


私はさっと立ち上がり、五十嵐の後ろに立った。


高校生にもなって平仮名が読めないなんて、そんな事はありうるのだうか。


「ここなんだけどね」


私が後ろに立ったことを確認した五十嵐は、ためらわずに問題の平仮名の含まれる文を指差した。


「えっ…」


物思いにふけっていた私は、現実に引き戻される。


私は目を擦り、五十嵐の肩から覗き込んだ。


「『お婆さんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきました』…じゃない?」


五十嵐は私の言葉に続く様にその文を手で追い掛けていたけれど、意味が分からないという顔をした。
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