私の本音は、あなたの為に。
けれど、手を入れたポケットごと自分の両足に何度も擦り付けて手の震えを抑えようとしている姿に、言い表せない程胸が締め付けられて。


「ごめんね、五十嵐」


私はそっと手を伸ばし、五十嵐のポケットの上から彼の手に触れた。


「えっ?」


五十嵐が、困った様に私を見る。


「私が、もっと五十嵐の隣に居れば良かったんだよね…。もしまた五十嵐が今回みたいになったら、私は五十嵐の隣に居るから」


「え……」


五十嵐は私の言葉に驚く。


その拍子に、力の入っていた拳の力が、みるみるうちに抜けていった。


(良かった)


私はにっこり笑い、そっと彼の手から自分の手を離した。



まだ校門を抜けきっていないせいか、陸上部員の掛け声と応援の声が混ざって聞こえていた。


だからだろうか。


五十嵐が、陸上部員の声の乗った風に乗せて、


「ありがとう」


と言った気がしたのは。


「えっ?」


(五十嵐、今何て?)


私ははっとして彼を見るけれど、その時にはもう五十嵐は素知らぬ顔で正面を向いていた。


(何よ、もう)


私は、彼に向かって少し拗ねた様な表情を浮かべながらも、心の中では嬉しかった。



「じゃあ…。今日は本当にごめんね、ありがとう」


別れ際、五十嵐は足を止めてそう言ってきた。
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