私の本音は、あなたの為に。
「うん」


五十嵐は、私に向かってこくりと頷き。


「まだ時間あるんだけどさ…安藤、ちょっと先帰っていい?」


そう、早口に許可を求めてきた。


「えっ、何で?今優希の件とかも決まったのに、早くない?」


その言葉に反応したのは、私ではなくて花恋だった。


「あー、ちょっとそれ明日とかじゃ駄目?宮園だって、ピアノの練習は良いのかよ」


「今日音楽の先生出張だから、音楽室に入れないの」


言い返したはずが逆に言い負かされ、五十嵐は目に見えて悔しそうな顔をした。


「何で帰るの?…今日、家の用事とかあったっけ?」


「……安藤」


何故彼が急いで家に帰ろうとしているのか分からず、無邪気に質問を投げ掛けた私に、五十嵐は切羽詰まった様な瞳を向けた。


『分かるだろ?』


自分のリュックを今まさに肩にかけようとしている五十嵐の瞳は、そう語っていた。


『ほんとにやばいんだって、今』


(何が?……あっ)


そこで、私はようやく気が付いた。


五十嵐が帰ろうとしているのは、単に“図書室”と“文字”から逃げようとしている事に。


「分かった。鍵閉めとかは私がやっておくよ」


事を理解した私は、頷いて了承したけれど。
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