私の本音は、あなたの為に。
「いっ、……無理、来ないでっ……!」


その台詞自体は、例で言うならゴキブリが出た時に私が言いそうな事だけれど。


「……っ、あっ…!」


五十嵐は、花恋を通り抜けたその先を見て、震え上がっていた。


「えっ…何?どうしたの…?」


てっきり自分を見て怖がっていると信じ切った花恋は、不安そうに自分の身体を眺め回した。


「何かついてる…?」


「ちょっ、五十嵐…」


(字、なんだよね…?)


けれど、今日の出来事から、彼がディスクレシアという障害があり、それのせいで文字に怯えている事を分かっている私は、急いで彼に駆け寄った。


というより、彼の肩を掴んで強引に後ろを向かせた。


「今、やばいんでしょ?…早く此処を出たほうが良いよ」


「えっ、優希?何処行くの?」


後ろから私の名前が呼ばれ、私は、


「廊下!ちょっと待ってて」


と、一瞬だけ振り返り、


「ほら、進んで!」


と、五十嵐を廊下へと押し出した。



「っ、やばかった……」


目を固くつぶり、両手が小刻みに震えている五十嵐を何とか廊下に出した私。


音を立てて図書室のドアを閉めた途端、五十嵐はリュックを放り投げて目の前にしゃがみ込んだ。


「あー、もう、本当にやばかった」


しゃがみ込んだままそう言う五十嵐の声は、くぐもっていて聞き取りづらくて。
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