私の本音は、あなたの為に。
「特に意味は無いから……虫に刺されたのかな?大丈夫だよ」


私は自分の両手の拳を見る様にして俯く。


(秘密が無くて生きれるなんて、羨ましい)



私は、密かに五十嵐の事を羨んでいた。


五十嵐は、私とは違ってこんなに悩まなくてもいい。


家と学校で、わざわざ性別を変えてまで演技をしなくてもいい。


苦しまなくても、悲しまなくても、泣かなくてもいい。


笑顔が絶えない、毎日。


私には、そんな当たり前の生活はもう戻って来ないのに。


「虫…?安藤、本当に大丈夫…?」


私を気にかける五十嵐の声が、もう雑音にしか聞こえない。


(五十嵐には、私の本音は分からないんだからっ!)


私は、平常心を装って頷いた。


けれど本当は、今すぐこの場所から逃げ出したかった。


自分の弱さを、見せたくなかった。


もう、鼻の奥がツンとする。


「ねえ、本当に平気?」


五十嵐が、もう一度私に心配そうに尋ねてくる。


「っ……大丈夫だってば!」


私は、勢い良く五十嵐の方を向いた。


「五十嵐には、分からないから!」


(駄目、男っぽくなっちゃ駄目!)


頭の何処かで、必死に私にブレーキをかけようとするもう1人の私が居る。


けれど、色々な感情がごちゃ混ぜになって今にも泣きそうな私には、自分の行動を制御出来なくて。
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