遅すぎた初恋
弟は音信不通の間は、元々あった小遣いとバイトの貯金でアトリエを構え、そこで、バイト生活を送りながら絵を描き続けていたそうだ。

それなりに学生の頃から弟の絵は一定の評価は得られていたらしく、今回、個展を開くことになり、そうなると身元が判明する為、挨拶に来たという話しだ。

彼女は、弟が良く行く喫茶店で働いている子で、身寄りは今年他界した祖母のみだという。

弟は、「身寄りのなくなった彼女に漬け込んで無理矢理説得して籍を入れた」と誇らしげに語っている。

我々の母には既に報告済みで、私がここに来ていると聞いて新婚旅行気分で連れて来たらしい。

怒気を帯びた私の態度に、最初は慄いた様子を見せていた彼女も、今は弟が話す雰囲気に釣られて笑みを浮かべながら話しを聞いている。

弟は彼女のどこに引かれ、どんな子で、どれだけの思いで口説き落としたかを力説している。

彼女の歳は弟より六つ下で、金銭的な事もあって、大学には進学せず高校から始めたバイト先の喫茶店で、今も働いている。
そこのマスターが山岳カメラマンもやっている影響で彼女も写真に興味を持ち、今ではしばしばマスターについて山に登り、写真を撮っているそうだ。
「 華奢な身体のわりにキモのすわりと腕力はすごいんだ。」と弟が自慢げに話している。

どうりで大型犬に向かって来られても物怖じしなかったなと、私は話しを聞きながら、先の浜辺での出来事を思い出してみる。

弟は最後に前々からマスター夫妻が彼女の親代わりのようなもので、今回の結婚の承諾を得るのに彼女を説得するよりも手強かったんだと、やり遂げた感満載で話しを締め括った。
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