副社長は今日も庇護欲全開です
直哉さんのマンションは、玄関ロビーにコンシェルジュが常駐していて、すっかり私のことを覚えいている彼は、今夜も「お帰りなさいませ」と愛想のいい笑顔を向けている。

それに応えて笑みを作るだけでも、今の私には苦しい。直哉さんは、これから三十分後には帰れるらしいけれど、どんな話をされるんだろう。内容も気になるけれど、私が彼の言葉をすべて素直に聞けれるのか……。それも不安だった。

彼のいない部屋は、どんなに夜景が綺麗でも、どんなに広く華やかでも、私には色褪せて見えてしまう。一人でも、他の誰かでもだめなんだと、今さらながらに、気づいてしまった。

リビングの電気を点け、落ち着かない気持ちでソファに座る。窓から見える夜景に目を向けていると、しばらくして玄関のドアが開く音がした。三十分よりは、早く帰ってきてくれたみたい。

「直哉さん、お帰りさない。晩ご飯、買ってきました」

ご飯という気分でもないけれど、直哉さんは仕事で疲れているはず。せめて、なにか美味しいものはないかと、ここへ来る前にデパ地下でお惣菜を買ってきていた。

「ありがとう。それに、仕事帰りに来てもらってすまなかった」

リビングへ来た直哉さんは、どこか緊張した表情をしている。ジャケットとネクタイを脱いだ直哉さんは、ベスト姿で私の隣に座った。

「用意しますから、先に食べられますか?」

重苦しいい空気に耐えられなくて、思わず立ち上がる。すると、すぐに私の腕は直哉さんに掴まれた。

「話をさせてくれないか。それと、きみに謝りたい」

「謝りたい……? それは、ご結婚のことを黙っていたことですか? それとも、私とはもうお付き合いできないということですか?」

直哉さんに背を向け立ったまま、そんな可愛げのない言葉が口をついて出てくる。だけど、彼の結婚話を聞いてショックを隠せない私は、自分の気持ちを抑えきれなかった。

彼に対して、責めたいという気持ちがないわけはない。でも、信じたいという気持ちも嘘じゃなかった。

「黙っていたことだ。本当にすまなかった。きみに隠していたのは、どうしてもきみを自分のものにしたかったから」

直哉さんの静かな声が聞こえ、私はゆっくりと隣に座り直した。

「どういう、意味ですか?」
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