記憶がどうであれ
17話
体を起こし服を着ていると、
「最低な誘い方した…」
と彼に背中から声をかけられた。
確かに最低なのだと思う。 別れるから…最後だから抱かせろなんて。
だけど、求められて嬉しかった。
つまらない女だと自分を思っていたから。
最後にもう一度抱きたいと思うほど価値のある女なのだと言われた気がした。
本当は都合の良い扱いを受けただけだとしても。
「謝らないで。 他の事はどんなに謝られても許せないけど…これはいいの、私が受け入れたんだから」
彼に無理強いされた訳じゃない。 私が自分の意思で受け入れた行為だったのだから。
何も知らなければ彼からの好意を一身に受けていると勘違いする程、私の全てを欲している行為を彼はしてくれた。
適当に扱われた、性処理のようだったとは思わない。
そこに愛が無いのが不思議なほど…彼の抱き方はいつもそうだった。
その行為こそが復讐の準備だったのだと解っている。
だけど…私は幸せだった。
元主人との別れの後、荒んでいた心に潤いをもらった。
結局裏切られたけれど…
「幸せになれよ…」
小さく呟く彼。
彼との付き合いを幸せだと感じていた。
その幸せを粉々にした本人がそれを言うのか…グッと胸を締め付ける感情が込み上げる。
彼に振り向き「もちろん」と笑顔で強がることはできなかった。
私はきっと結婚はしない。
…結婚しなくても幸せと呼べるものを探そう。それが恋愛でなくてもいい。
彼との付き合いは、孤独で寂しい環境からまた恋愛に逃げただけ…母への嫌悪感で逃げこんだ学生時代の恋愛も結局はうまくいかなくなったのだから、彼との付き合いもいつか綻びがでたはず。
別れが自分の予想より早く訪れただけ。
そう考え瞼を一度強く閉じてから目を開け、寝室を出た。
彼も着替え終わりリビングへ顔を出したが、突っ立ったまま二人の間に沈黙が続いた。
動き出したのは彼で、顔を引き締めて直角になる程のお辞儀をして玄関へ向かった。
靴を履く彼の背中をじっとリビングのドア辺りから見つめていると、
「君を初めて抱いた時、俺は確かに君がどんな女なのかという好奇心しか持っていなかった…
だけど、君と一緒にいると普通の恋愛はこんなに心地がいいのかと実感していたんだ。
君に惹かれていたと思う…ただ俺が馬鹿なだけなんだ。
君は素敵な人だから、絶対に幸せになれるよ」
彼はそう一気に話してドアから出て行った。
「…素敵なんかじゃない」
素敵だったらもっと幸せになっているはず。
男の人からだってアプローチされていたはずでしょ?
もしも私が素敵な人だったら、きっと彼との恋愛は始まってもなかった。
だって、彼氏がいないから彼を紹介されたのだから…
私に彼氏が出来ていたら、店長は彼を私に紹介することはなかったはず。
彼に初めて抱かれた時、私は元主人の幸せを願った。
それくらい、自分が幸せだと思った。
なのに…
どうして…
私が元主人と結婚していなければ、こんな仕打ちはされなかったのに。
解っている。
私と彼との仲は、全て彼が一人で行動した事で、元主人は関係なく、彼が全て企てて私を傷つけたかったのだと…だけど、逆恨みだけど元主人と結婚した事を呪わずにはいられない。
私は……
結婚した元主人の事よりもずっと彼の事が好きだったのだ。
元主人は優しくしてくれた。大事にしてくれた。
だけど、どこか私の気持ちは置き去りだった。
元主人がそこまで愛してくれるなら…と結婚を決意した。
私が結婚したいという気持ちは少なかった…
元主人のご両親ともうまくいかず、自分を否定する家族の一員になることはいくら関わりは持たなくてもいいと言われても心の底ではストレスだった。
だけど、元主人からの愛情だけは本物なのだと信じていた。
本当の家族にも愛されない私をそこまで愛してくれた人。
元主人は私にとって大切な人ではあった。それは間違いない。
でも私は愛していた?
心の底から元主人を愛していただろうか…
彼の方がずっと好きだった。
理由は解らない。
気難しそうな、少し老けて見える外見が好みかと言われたら、嫌いではないけど好きという訳でもなかった。
でも、あまり押しが強くないのも好ましかったし、自分に自信が無い感じも可愛らしく見えた。
何よりもあの笑顔…その笑顔がニセモノだったとしても私はその笑顔一つで恋に落ちた。
彼が私を認めてくれること、褒めてくれること、毎日の活力だったし潤いだった。
抱かれる行為だって、好意をひしひしと感じていた。
「好きだったのに…」
涙が溢れる。
私はいつからこんなに弱くなったのだろう。
彼とはまだ一年にも満たない付き合い。
なのに、彼一人の存在がどれだけ大きかったのか思い知らされる。
毎日一緒に生活していた元主人との別れより、時々のデートを重ねただけの彼との別れの方が私の心は悲鳴を上げている。
奥様だった彼女が簡単に捨てた彼を私はこんなに愛しいと思うのに、私が簡単に別れを選べた元主人を彼女はずっと追い求めている。
私と彼女が入れ替われたらいいのに…
そんな事を考えて苦笑する。
今の私は元主人からしたら他人なのだ。彼女が私になったとしても、現状以下になるだけ。
今の彼女の同僚という地位より悪くなってしまう。
彼女が元主人と幸せになっていたら、彼は辛いのかな。
それとも踏ん切りがつくのだろうか。
彼は人生をやり直したいと言っていた…だからきっと踏ん切りをつけたいのだろう。
どうせなら、元主人と彼女が付き合ってくれていればいいと思ってしまう。
だけど、彼が言っていた様に私と彼女とは違いすぎるし、元主人は一度彼女からの告白を断っているらしい。
元主人は彼女を「天野」と呼んだ、そして彼の名字は天野では無い。
あの時点で彼女は離婚していた…
元主人が記憶を無くす前に彼女は彼を切り捨て元主人への思いを貫いていたという事。
今でも元主人と彼女がただの同僚のままなら彼女がとても可哀想な人にさえ思えてくる。
もちろんそんな彼女を愛してしまった彼も、彼に好意を持ってしまった私も可哀想なのだろう。
彼への思いをなくさなければ…
時間はかかるのかもしれない。
また孤独感で虚しくなるのかも。
だけどもう別の恋愛に逃げたりしない。
私は私なりの幸せの形を見つけ出したい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前向きになりました。
----------------------------------------
好きな気持ちは理屈じゃない。
格好よくなくても、自分に自信のない人でも、惹かれてしまったらどうしようもない。
だけど続けることは無理で…
一緒に居る人の一番でありたい。
一番が自分では無いことへの悲しみや嫉妬。
その気持ちに目を背け付き合い続けることも出来たのでしょうが、きっとそんな関係はいつか破綻すると簡単に想像できてしまう。
だからの別れ。
もしも彼が元旦那への復讐目的で近づいたのではなく、本当に偶然出会って恋愛を始めていたとしても、彼の中の彼女への想いを聞いてしまったらきっと…別れを選ばずにいらなかった。
相手の心が欲しいと思ったならきっと……心なんてどうでもいいから、自分の隣にいて欲しいとそんな風に思えたのなら続けることができたのでしょうが。
「最低な誘い方した…」
と彼に背中から声をかけられた。
確かに最低なのだと思う。 別れるから…最後だから抱かせろなんて。
だけど、求められて嬉しかった。
つまらない女だと自分を思っていたから。
最後にもう一度抱きたいと思うほど価値のある女なのだと言われた気がした。
本当は都合の良い扱いを受けただけだとしても。
「謝らないで。 他の事はどんなに謝られても許せないけど…これはいいの、私が受け入れたんだから」
彼に無理強いされた訳じゃない。 私が自分の意思で受け入れた行為だったのだから。
何も知らなければ彼からの好意を一身に受けていると勘違いする程、私の全てを欲している行為を彼はしてくれた。
適当に扱われた、性処理のようだったとは思わない。
そこに愛が無いのが不思議なほど…彼の抱き方はいつもそうだった。
その行為こそが復讐の準備だったのだと解っている。
だけど…私は幸せだった。
元主人との別れの後、荒んでいた心に潤いをもらった。
結局裏切られたけれど…
「幸せになれよ…」
小さく呟く彼。
彼との付き合いを幸せだと感じていた。
その幸せを粉々にした本人がそれを言うのか…グッと胸を締め付ける感情が込み上げる。
彼に振り向き「もちろん」と笑顔で強がることはできなかった。
私はきっと結婚はしない。
…結婚しなくても幸せと呼べるものを探そう。それが恋愛でなくてもいい。
彼との付き合いは、孤独で寂しい環境からまた恋愛に逃げただけ…母への嫌悪感で逃げこんだ学生時代の恋愛も結局はうまくいかなくなったのだから、彼との付き合いもいつか綻びがでたはず。
別れが自分の予想より早く訪れただけ。
そう考え瞼を一度強く閉じてから目を開け、寝室を出た。
彼も着替え終わりリビングへ顔を出したが、突っ立ったまま二人の間に沈黙が続いた。
動き出したのは彼で、顔を引き締めて直角になる程のお辞儀をして玄関へ向かった。
靴を履く彼の背中をじっとリビングのドア辺りから見つめていると、
「君を初めて抱いた時、俺は確かに君がどんな女なのかという好奇心しか持っていなかった…
だけど、君と一緒にいると普通の恋愛はこんなに心地がいいのかと実感していたんだ。
君に惹かれていたと思う…ただ俺が馬鹿なだけなんだ。
君は素敵な人だから、絶対に幸せになれるよ」
彼はそう一気に話してドアから出て行った。
「…素敵なんかじゃない」
素敵だったらもっと幸せになっているはず。
男の人からだってアプローチされていたはずでしょ?
もしも私が素敵な人だったら、きっと彼との恋愛は始まってもなかった。
だって、彼氏がいないから彼を紹介されたのだから…
私に彼氏が出来ていたら、店長は彼を私に紹介することはなかったはず。
彼に初めて抱かれた時、私は元主人の幸せを願った。
それくらい、自分が幸せだと思った。
なのに…
どうして…
私が元主人と結婚していなければ、こんな仕打ちはされなかったのに。
解っている。
私と彼との仲は、全て彼が一人で行動した事で、元主人は関係なく、彼が全て企てて私を傷つけたかったのだと…だけど、逆恨みだけど元主人と結婚した事を呪わずにはいられない。
私は……
結婚した元主人の事よりもずっと彼の事が好きだったのだ。
元主人は優しくしてくれた。大事にしてくれた。
だけど、どこか私の気持ちは置き去りだった。
元主人がそこまで愛してくれるなら…と結婚を決意した。
私が結婚したいという気持ちは少なかった…
元主人のご両親ともうまくいかず、自分を否定する家族の一員になることはいくら関わりは持たなくてもいいと言われても心の底ではストレスだった。
だけど、元主人からの愛情だけは本物なのだと信じていた。
本当の家族にも愛されない私をそこまで愛してくれた人。
元主人は私にとって大切な人ではあった。それは間違いない。
でも私は愛していた?
心の底から元主人を愛していただろうか…
彼の方がずっと好きだった。
理由は解らない。
気難しそうな、少し老けて見える外見が好みかと言われたら、嫌いではないけど好きという訳でもなかった。
でも、あまり押しが強くないのも好ましかったし、自分に自信が無い感じも可愛らしく見えた。
何よりもあの笑顔…その笑顔がニセモノだったとしても私はその笑顔一つで恋に落ちた。
彼が私を認めてくれること、褒めてくれること、毎日の活力だったし潤いだった。
抱かれる行為だって、好意をひしひしと感じていた。
「好きだったのに…」
涙が溢れる。
私はいつからこんなに弱くなったのだろう。
彼とはまだ一年にも満たない付き合い。
なのに、彼一人の存在がどれだけ大きかったのか思い知らされる。
毎日一緒に生活していた元主人との別れより、時々のデートを重ねただけの彼との別れの方が私の心は悲鳴を上げている。
奥様だった彼女が簡単に捨てた彼を私はこんなに愛しいと思うのに、私が簡単に別れを選べた元主人を彼女はずっと追い求めている。
私と彼女が入れ替われたらいいのに…
そんな事を考えて苦笑する。
今の私は元主人からしたら他人なのだ。彼女が私になったとしても、現状以下になるだけ。
今の彼女の同僚という地位より悪くなってしまう。
彼女が元主人と幸せになっていたら、彼は辛いのかな。
それとも踏ん切りがつくのだろうか。
彼は人生をやり直したいと言っていた…だからきっと踏ん切りをつけたいのだろう。
どうせなら、元主人と彼女が付き合ってくれていればいいと思ってしまう。
だけど、彼が言っていた様に私と彼女とは違いすぎるし、元主人は一度彼女からの告白を断っているらしい。
元主人は彼女を「天野」と呼んだ、そして彼の名字は天野では無い。
あの時点で彼女は離婚していた…
元主人が記憶を無くす前に彼女は彼を切り捨て元主人への思いを貫いていたという事。
今でも元主人と彼女がただの同僚のままなら彼女がとても可哀想な人にさえ思えてくる。
もちろんそんな彼女を愛してしまった彼も、彼に好意を持ってしまった私も可哀想なのだろう。
彼への思いをなくさなければ…
時間はかかるのかもしれない。
また孤独感で虚しくなるのかも。
だけどもう別の恋愛に逃げたりしない。
私は私なりの幸せの形を見つけ出したい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前向きになりました。
----------------------------------------
好きな気持ちは理屈じゃない。
格好よくなくても、自分に自信のない人でも、惹かれてしまったらどうしようもない。
だけど続けることは無理で…
一緒に居る人の一番でありたい。
一番が自分では無いことへの悲しみや嫉妬。
その気持ちに目を背け付き合い続けることも出来たのでしょうが、きっとそんな関係はいつか破綻すると簡単に想像できてしまう。
だからの別れ。
もしも彼が元旦那への復讐目的で近づいたのではなく、本当に偶然出会って恋愛を始めていたとしても、彼の中の彼女への想いを聞いてしまったらきっと…別れを選ばずにいらなかった。
相手の心が欲しいと思ったならきっと……心なんてどうでもいいから、自分の隣にいて欲しいとそんな風に思えたのなら続けることができたのでしょうが。