君ともう一度 あの春を迎えよう
一本一本、

細く柔らかそうな髪が、

腰の辺りで揺れている。

背は、そこまで高くはないけど、

特別低くもない、かな。

華奢な手足に、

伏し目がちな、大きめの目。

その瞳は、とても綺麗で。

・・・けど、俺には、

悲しみをたたえているように見えた。

俺は、

その目を、

悲しみに沈んだ目を、

見たことがある。

「うおっ。
マジでカワイイ!」

男子の興奮気味な声に、

はっと我に返り、

教室を見回した 。

教卓の所に、

担任と転入生の女子がたっていて、

男子の目は、彼女しか映していないようだ。

その他の女子達は、

男子を睨みつけている。

…確かに、容姿は凄くいいと思うけど。

そこまでテンション上がることあるか?

それこそ、

幼馴染だとか、

未来の彼女だとか、

そんな風に深く関わっている訳じゃないんだろ?

どうせいつか忘れるような存在だろ?

だったら放っておけばいいのに。

無駄なことで騒いで、

一体何が楽しいんだろう。



どうせ、いなくなるんだ。


どうせ、みんな離れていくんだ。


ひたむきに信じたところで、

どうせ・・・。


『ごめんな・・・。
千影・・・。』


何度名前を呼んでも、

いってしまった、

あの人のように。

悲しそうに、

どこか愛しそうに、

目を細めて、

くしゃっ、と笑って、

いってしまった、

あの人のように・・・。


あの笑顔が、

俺は大好きだった。

だけど、

あの日から、

人の笑顔を見る事が、

苦痛で・・・。


『じゃあな・・・。』


そう言って笑った人の顔が、

頭に浮かんで。

あの瞬間がフラッシュバックして。

心臓を掴まれたように、

息が苦しくなって。

胸が、痛くて。

どうしようもなくて。

・・・ダメだ。

また、思い出してしまった。


ふと手のひらに痛みを感じた。

自分の手を見て、

また自分に呆れた。

いつのまにか、

手を握りしめていたみたいだ。

相当強かったのか、

手のひらに爪が食い込んで、

痕になっていた。

血が出なくて良かった・・・。

今日は、これ以上誰とも関わりたくないから。

これ以上のイレギュラーは、

遠慮しておきたい気分だ。


この時の俺は、

これから起きる最悪なイレギュラーを

想像することもできず、

ただ、

教室の前に立つやけに容姿端麗な女子から、

目を背けることしかできなかった。
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