君ともう一度 あの春を迎えよう
突然の出会いと鈍る思考

ギィーッ・・・

ドアのきしむ音。

その隙間から、

春の風と光が差し込む。

カチャ・・・

家の鍵を手に取ると、

無機質な金属音が静かな玄関に響く。

通学用のカバンを持ち、

靴を履く。

いつも通りの動作。

昨日と全く同じ事。

多分 明日も繰り返す。

「行ってきます。」

「・・・。」

物音一つしない部屋。

けど、確かに人のいる部屋。

そこから

“いってらっしゃい”

なんて声が聞こえる訳は無く、

その現実を受け止める覚悟も無く、

俺はドアを強く閉め、家を出る。

これもまた、いつも通り。


いつもと同じ道。

塀の上で欠伸をする野良猫。

散歩中の男。

道路の傍に、ぽつんと咲くタンポポ。

それを横目に通り過ぎると、

猫は逃げ出し、

男は軽く会釈をしてくる。

こちらも軽く頭を下げて、

そのまま通り過ぎる。

その横で、タンポポが揺れる。

溜め息が出そうな程、

全部 いつも通り。

頭の中で考えることさえも、

昨日と一緒だなんて、

これ以上ない程 つまらない。


「いってらっしゃい、か・・・。」


そう呟き、
オレは歩くスピードを上げる。

・・・いってらっしゃい、なんて、

そんな当たり前の言葉。

俺は毎日聞いていた。

それが、聞こえなくなったのは、

一体、いつからだろう。

あの日から、充分時間は経っている訳で。

そろそろ 前に進めてもいいはずで。

・・・なのに、

まだ、諦められなくて。

きっと また笑ってくれる。

そう期待してしまうのは、

俺がまだ、子供だからなんだろうか。

それとも

馬鹿みたいに 傷ついているからだろうか。

自分でも分かっていた。

こうなる事くらい。

だから、

一人前に悲しんだり、

弱音を吐く権利なんか、

・・・俺には 無いんだ。


なあ、父さん。


もし父さんだったら、どうしてた?


俺も、父さんくらい強かったら、

・・・なにか
変わったのかな。


そこで俺は、

考えることをやめた。

いつの間にか、学校に着いていたから。

・・・いや、

本当は、

どうしようもなく、

胸が苦しくなったから。


「俺も、ガキだな・・・。」

そう自嘲気味に笑ったところで、

何かが変わる訳でも、

俺が突然強くなれる訳でもなく、

俺は、弱い俺のまま、

校門をくぐった。

< 2 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop