薄羽蜉蝣
 次の日の起き抜けから、いつものように子供らにせがまれ川に行こうとしていた与之介を、お駒が血相を変えて止めた。

「駄目だよ。昨夜の火事で、囚人が切り放ちになったって言うからね。川なんて今は危ないよ」

「切り放ち?」

 どうやら昨夜の火元は牢屋敷の傍だったらしい。
 牢が火事に巻き込まれそうなときは、囚人を焼き殺さないために、一旦野に放つ。

 もちろん期限付きで、三日後に指定の場所に戻らねばならない。
 きちんと戻れば罪一等を減ずるなどの褒章が与えられるため、そのまま逃げおおせる者はいないのだ。

 逃げれば火盗改めが草の根を掻き分けても探し出す。
 罪人にとって火盗改めほど怖いものはない。
 何せ斬り捨て御免である。

 ただ三日間は悪人が野に放たれるわけで、市民にとっては地獄なのだ。

「そらぁ、えれぇこった。しばらくうろちょろせんほうがいいな」

 与之介は皆を部屋に入れ、中で遊ぶよう言った。
 お駒が安心し、子供らを与之介の家へ促す。

「後で冷やしぜんざいを持って行ってやるから、皆、大人しくしてるんだよ」

「そんじゃ、今日は手習いすっか」

 はーい、と元気よく返事をする子供たちを相手にしながら、与之介は胸騒ぎを覚えた。
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