薄羽蜉蝣
「しゃらくせぇ!」

 玄八が踏み出すと同時に、匕首を抜いた。
 使い慣れているらしく、真剣相手でも躊躇いがない。
 こういうことは、初めてではないようだ。

 一気に間合いを詰め、刀を振るう暇を与えない素早さで、玄八は匕首を突き出した。
 が、男は地を蹴って後方に飛び退る。
 ざ、と匕首が、男の胸元を裂いた。

「しゃっ!」

 玄八も地を蹴り、開いた間合いを詰め直す。
 相手は刀を構える余裕もない。

「しゃっ! しゃっ!」

 繰り出される匕首を避けながら後退していた男の踵が、川の淵にかかった。

「鬼神の玄八様は、滅多なことでは殺しはしなかったがなぁ。正体がばれたとあっちゃ、仕方ねぇ」

 そう言い、玄八は匕首を握り締めた。

「恨むなよ!」

 玄八が再び地を蹴る。
 匕首が、ぐんと男の喉に伸びてきた。

 ちりん---。

 風鈴が鳴った。
 同時に、キン、と金属音が響く。

 宙に舞った匕首が、月明りを受けてくるくる回る。
 そして驚いた顔の玄八の頭頂に、どす、と突き刺さった。

「……!!」

 目を見開いた玄八は、顔を真っ赤に染めたまま、その場に突っ立っていた。

 ちりん---。

 風鈴の音を合図に、どぅ、と玄八が倒れた。
 そのまま、もぞもぞと四肢を動かす。

 男は、ちん、と納刀すると、しばらくもぞもぞ動いている玄八を見下ろしていたが、やがて風鈴の音と共に、どこぞへ消えた。
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