薄羽蜉蝣
「まさかあの与之さんが、そんなことするとは。まぁお侍なんだから、珍しくもないかもしれないけど」

 いつも子供と戯れていたので、皆忘れていた。
 刀を持っているということは、抜くこともある、ということだ。

「散々おせんにからかわれてたから、何となくそんなこと、できる人じゃないと思ってたよ」

「そうですね。私もそう思ってました」

「人を斬ったことの罪悪感で、どこぞへ逃げたとか?」

 うーん、とお駒は、自分で言いながらも納得しかねる表情で首を傾げる。

「それは……ないんじゃないでしょうか。斬ることに、躊躇いはなかったように見えました」

 暗くて太刀筋はよく見えなかったし、まして表情までは見えなかったが、声は聞こえた。
 斬った後、苦しめ、と言った。
 動揺している風もない、冷静な声だった。

 むしろ、その直後、佐奈を認めてからのほうが動揺していた。
 そう思い、佐奈は、はっとした。

 あのときの与之介は、佐奈が現れたことに酷く驚いていた。
 佐奈が言わんとしていることもわかったようで、それに動揺したのだと思う。

 単に人を殺すところを見られた、という驚きではない。
 あれは己の技を見られたことへの動揺だろう。
 ということは、与之介は前から佐奈の父親を殺したのは自分であると知っていたのだ。

「そっか。鬼神の玄八が私の父親ってこと、知ってる口振りだったものね」

 己のことを初めて与之介に語った後、そんなことを言われた。
 そして、下手人を許すな、と言ったのだ。

 それはつまり、自分を許すな、ということか。
 だがそう言いながらも、とても辛そうだった。

「悪人を殺すことには躊躇いがない。でも苦しそうっていうのは、どういうことなんでしょう」

 佐奈がこぼすと、じっと彼女の様子を見ていたお駒は、少し表情を和らげた。
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