薄羽蜉蝣
「あたしゃ、それは与之さんがお佐奈ちゃんを想うが故だと思うよ」
「え?」
「おせんの話を聞いて、何となくわかったんだけどね。お佐奈ちゃんの父親は、昔巷を騒がせた大泥棒で、最後の仕事でしくって幼子を殺しちまった。それで与之さんに斬られたんだろ? 与之さんとお佐奈ちゃんが出会っちまったのは偶然で、皮肉にも惹かれ合っちまった。でもどっかで与之さんは、お佐奈ちゃんの父親を殺めたのは自分だって気付いた。だから苦しんでんだよ」
「黙ってやり過ごすことだってできるじゃないですか。それこそ、悪人を斬ることに躊躇いがないなら、斬ったことすら忘れてるかもしれないし。三年も前の、しかも縁もゆかりもない悪党のことで、そんな苦しむもんですか?」
佐奈が言うと、とん、とお駒の指が、軽く額を突いた。
「自分の親を、そんな悪党悪党言うんじゃないよ。お佐奈ちゃんは、そんな風に思ってないんだろ?」
「だって……いくら私の前では優しい父で、私を育ててくれた人でも、裏では盗みを働いて、小さい子を殺したんですよ。そんなこと、許されることじゃないです」
ぽろりと、佐奈の目から涙があふれる。
お駒はそんな佐奈を、じっと見た。
「私は鬼神の玄八っていう盗人のことは、よく知ってるんだ。といっても瓦版で、だけどね。あくどい商売人からは店を潰すほどの有り金をがっぽり奪い、そうでない商家からは、気付かれない程度の金を掠める。殺しは絶対にしないし、手口も鮮やか。若い時分に夢中になったものさ」
ぎゅっと洗濯物を絞り、お駒は穏やかに続ける。
「ところがそんな玄八が、ほんの幼子を殺したって聞いたときは幻滅したね。何だ、やっぱり盗人なんざそんなもんかって。しかも殺ったのは評判のいい呉服屋の伊勢屋の娘。世間の目も一気に冷えたさ。でもそれ以来ぱったりと、玄八は姿を消した。しばらく経って、やっぱり玄八は伊勢屋の娘を殺めたことで、盗人を辞めたんだってわかったよ。自分にも娘がいたならなおさらだ。まぁそれでも、殺された側からしちゃそんなことは関係ないわな。伊勢屋さんの嘆きようったらなかったよ。しまいにゃ自分も身体壊して、店も潰れちまった」
「え?」
「おせんの話を聞いて、何となくわかったんだけどね。お佐奈ちゃんの父親は、昔巷を騒がせた大泥棒で、最後の仕事でしくって幼子を殺しちまった。それで与之さんに斬られたんだろ? 与之さんとお佐奈ちゃんが出会っちまったのは偶然で、皮肉にも惹かれ合っちまった。でもどっかで与之さんは、お佐奈ちゃんの父親を殺めたのは自分だって気付いた。だから苦しんでんだよ」
「黙ってやり過ごすことだってできるじゃないですか。それこそ、悪人を斬ることに躊躇いがないなら、斬ったことすら忘れてるかもしれないし。三年も前の、しかも縁もゆかりもない悪党のことで、そんな苦しむもんですか?」
佐奈が言うと、とん、とお駒の指が、軽く額を突いた。
「自分の親を、そんな悪党悪党言うんじゃないよ。お佐奈ちゃんは、そんな風に思ってないんだろ?」
「だって……いくら私の前では優しい父で、私を育ててくれた人でも、裏では盗みを働いて、小さい子を殺したんですよ。そんなこと、許されることじゃないです」
ぽろりと、佐奈の目から涙があふれる。
お駒はそんな佐奈を、じっと見た。
「私は鬼神の玄八っていう盗人のことは、よく知ってるんだ。といっても瓦版で、だけどね。あくどい商売人からは店を潰すほどの有り金をがっぽり奪い、そうでない商家からは、気付かれない程度の金を掠める。殺しは絶対にしないし、手口も鮮やか。若い時分に夢中になったものさ」
ぎゅっと洗濯物を絞り、お駒は穏やかに続ける。
「ところがそんな玄八が、ほんの幼子を殺したって聞いたときは幻滅したね。何だ、やっぱり盗人なんざそんなもんかって。しかも殺ったのは評判のいい呉服屋の伊勢屋の娘。世間の目も一気に冷えたさ。でもそれ以来ぱったりと、玄八は姿を消した。しばらく経って、やっぱり玄八は伊勢屋の娘を殺めたことで、盗人を辞めたんだってわかったよ。自分にも娘がいたならなおさらだ。まぁそれでも、殺された側からしちゃそんなことは関係ないわな。伊勢屋さんの嘆きようったらなかったよ。しまいにゃ自分も身体壊して、店も潰れちまった」